進化論について





 人間と恐竜が同時代を生きていたことはありません。恐竜の絶滅は約6500万年前、人類の誕生は約400万年前です。聖書は神の霊感によって書かれたもので、聖霊の働きのもとに読むとき、初めて真実の言葉になるのであって、科学の発見を否定する言葉ではありません。科学の成果を認めつつ三位一体の神を信じましょう。
 創世記に書かれた天地創造の中で中心となる教えは、「全能なる父なる神がこの世界をお造りになったこと」「安息日を設けられたこと」「男性を女性より上位のものとされたこと(これは現代に通じるかどうか、あえてコメントしません)」「人間は生まれながらにして罪人であること」だとわたしは思います。「善悪を知る樹の実」を食べて、神に隠れているのを見つけられたとき、男は女のせいに、女は蛇のせいにしました。わたしはそこに原罪を感じます。
 また、「ノアの箱舟」については、創世記が書かれた当時、ユダヤ人をはじめ、多くの諸民族の間で、伝承されてきた神話であると聞いたことがあります。
 すべての生き物はDNAを持っています。現在生きている生物の中で、人間に最も近いチンパンジーは人間のDNA配列とわずか1%しか違いません。
 そして、1万年ほど前までクロマニョン人とホモ・サピエンスとは、共存していたのです。クロマニョン人が絶滅し、ホモ・サピエンスは生き残った理由は、現在「クロマニョン人の骨格を調べるに、あまり、言葉を発することができなかった。そこでコミュニケーション能力の高いホモ・サピエンスが生き残った」という説が有力です。
 わたしはビッグ・バンに、創世記1日目の「光よ。あれ。」を、この「言葉」によって他の生物と分けられた、ということに、ヨハネの福音書1章1節を覚えずには居られません。
 「何年前」というのは、地質学から計った数字ですので、年代が大きくずれることもあります。
 オルドビス紀(5億年前)は、恐竜が跋扈する前、「何々類」と現在の区分にないような、多種多様な生物が繁栄した時代です。人間のような足跡を残す生物もいたかもしれませんね(^^)
 わたしは、バイオサイエンスの学科で学んだ者なので、進化論を否定せずに信仰を持っています。ビッグバンが100〜150億年前、地球の誕生が45億年前、生命の誕生が40億年前。まだ地表が冷め切らず、熱かった時代に、最初の生命が誕生しました。単細胞生物には3種類あります。ひとつはバクテリア(細菌)です。もうひとつは「古細菌」と呼ばれるもので、今でも40億年前の地球のような環境、つまり、温泉などで生きています。最後に挙げられるのが、真菌です。イーストや水虫を起こす白癬菌(はくせんきん)やカビ、といったものがが該当します。リン・マーグリスは、古細菌の中にバクテリアがミトコンドリアとして入り込んで真菌ができたという学説を発表し、多くの科学者に支持されています。このミトコンドリアを持った真菌が多細胞化し、植物や動物になりました。また、植物はラン藻をも取り込み、葉緑体としています。
 その後、生命は二度の大絶滅を経てきました。それがオルドビス期の終焉と、恐竜の絶滅です。恐竜の絶滅は、地球に巨大な隕石(彗星)が落ちて、生命圏=バイオスフェアが、大きく変わったのだといわれています。
 わたしのバイオサイエンスの学科の卒業研究テーマは、箱根の大涌谷から採取した古細菌、テルモプラズマ(Thermoplasma)に、細胞骨格があるか、ということでした。再現性がなかったので、大論文にはなりませんでしたが、テルモプラズマには「細胞骨格があるらしい」という結論でした。細胞骨格は細菌にはなく、真菌や動植物にのみあると考えられてきたものです。わたしの研究はリン・マーグリスの仮説を支持する結果になりました。また、このテルモプラズマは、環境が悪くなると細胞同士が凝結し、一種の「多細胞化」が起きるのです。
 というわけで、ダーウィン進化論より、リン・マーグリスや、『利己的な遺伝子』で知られる、リチャード・ドーキンスの学説を支持するわたしですが、科学については論駁しても、信仰に対して論駁するつもりはありません。

人間ペトロ




イエスがゲネサレト湖畔に立っておられると、神の言葉を聞こうとして、群衆がその周りに押し寄せて来た。イエスは、二そうの舟が岸にあるのを御覧になった。漁師たちは、舟から上がって網を洗っていた。そこでイエスは、そのうちの一そうであるシモンの持ち舟に乗り、岸から少し漕ぎ出すようにお頼みになった。そして、腰を下ろして舟から群衆に教え始められた。話し終わったとき、シモンに、「沖に漕ぎ出して網を降ろし、漁をしなさい」と言われた。シモンは、「先生、わたしたちは、夜通し苦労しましたが、何もとれませんでした。しかし、お言葉ですから、網を降ろしてみましょう」と答えた。そして、漁師たちがそのとおりにすると、おびただしい魚がかかり、網が破れそうになった。そこで、もう一そうの舟にいる仲間に合図して、来て手を貸してくれるように頼んだ。彼らは来て、二そうの舟を魚でいっぱいにしたので、舟は沈みそうになった。これを見たシモン・ペトロはイエスの足もとにひれ伏して、「主よ、わたしから離れてください。わたしは罪深い者なのです」と言った。とれた魚にシモンも一緒にいた者も皆驚いたからである。シモンの仲間、ゼベダイの子のヤコブもヨハネも同様だった。すると、イエスはシモンに言われた。「恐れることはない。今から後、あなたは人間をとる漁師になる。」そこで、彼らは舟を陸に引き上げ、すべてを捨ててイエスに従った。(ルカ5章1〜11節)

 「主よ、わたしから離れてください。わたしは罪深い者なのです」。ここに人間ペトロの素直な心が記されています。しかし、イエスに出会うまで、ペトロが何らかの犯罪を犯していたのではないでしょう。この召命において、既に御聖霊が、ペテロに罪を悔い改めよ、と語る主イエスの言葉に目を向けさせ、召命の準備が整えられていたと考えるべきでしょう。マタイ伝やマルコ伝にはこの魚の記述はありません。この二つの福音書は、何もかも捨ててすぐにイエスに従った使徒たちの姿を宣べ伝え、ルカは、漁の逸話を用いて、奇跡的なことが起こるまで心が動かされない人間の鈍感さと、自ら「わたしは罪深い者なのです」と告白する、神と人間との関係を描こうとしたのではないでしょうか。闇は光に照らされることによって初めて、その汚らわしさがあらわにされるのです。人間はもともと光を恐れ、ゴキブリのように急いで暗闇に隠れてしまうような存在なのです。わたしたちが神に祈りを捧げるとき、まず、動機付けとして御聖霊の働きがあり、全能の父なる神に、仲立ちをしてくださっているイエス・キリストの御名をと通して、祈りを捧げるのです。直接主イエスの御業が目の前でなされたとき、「主よ、わたしから離れてください」と、恐れおののき、遠ざけようとしてしまうのです。わたしたちの回心は180度の転回なのです。それは、自力では決してできないことです。わたしたちは、先に主を招くのではなく、主イエス・キリストがわたしたちを招いてくださっているのです。

それからすぐ、イエスは弟子たちを強いて舟に乗せ、向こう岸へ先に行かせ、その間に群衆を解散させられた。群衆を解散させてから、祈るためにひとり山にお登りになった。夕方になっても、ただひとりそこにおられた。ところが、舟は既に陸から何スタディオンか離れており、逆風のために波に悩まされていた。夜が明けるころ、イエスは湖の上を歩いて弟子たちのところに行かれた。弟子たちは、イエスが湖上を歩いておられるのを見て、「幽霊だ」と言っておびえ、恐怖のあまり叫び声をあげた。イエスはすぐ彼らに話しかけられた。「安心しなさい。わたしだ。恐れることはない。」すると、ペトロが答えた。「主よ、あなたでしたら、わたしに命令して、水の上を歩いてそちらに行かせてください。」イエスが「来なさい」と言われたので、ペトロは舟から降りて水の上を歩き、イエスの方へ進んだ。しかし、強い風に気がついて怖くなり、沈みかけたので、「主よ、助けてください」と叫んだ。イエスはすぐに手を伸ばして捕まえ、「信仰の薄い者よ、なぜ疑ったのか」と言われた。そして、二人が舟に乗り込むと、風は静まった。舟の中にいた人たちは、「本当に、あなたは神の子です」と言ってイエスを拝んだ。(マタイ14章22〜33節)

 この箇所でもペトロの人間としての弱さが示されています。しかも、この箇所は、イエスを「幽霊だ」と言い、さらに、自ら求めた水上の歩行からも、突風が来ると、恐れて水に沈みそうになる、といった「恥の上塗り」をしているのです。しかし、これはわたしたちにこそなおさら、当てはまることではないでしょうか。わたしなら、水に一歩も足を湖上に乗せることすらできなかったことでしょう。ペトロは率直かつ大胆にイエスに願い出たのです。主イエスはペトロの信仰もご理解されたうえで「来なさい」とおっしゃったのです。それは、ペトロがイエスに願い出たことが、湖上を歩くことがあまりに驚きであり、自分の心の弱さの故に願った願いだったからです。決して、主イエスの力を試そうと思って願い出た奇跡のしるしではなかったからです。わたしたちのだれもが、主の御力を試したり、他人を陥れるようないのりで無いならば、主の御心に叶う祈りは聴いてくださるのです。わたしたちは大胆に祈ってよいのです。「わたしの薄い信仰を、もっと強いものにさせてください」でよいのです。そして、絶望的に見えるこの世の平和を祈ってよいのです。わたしたちは主の祈りの中で「御国を来たらせ給え。御心の天になる如く、地にもなさせ給え」と祈ります。わたしたちは主の祈りにおいて既に主の再臨と世界の平和を祈っているのです。

イエスは、フィリポ・カイサリア地方に行ったとき、弟子たちに、「人々は、人の子のことを何者だと言っているか」とお尋ねになった。弟子たちは言った。「『洗礼者ヨハネだ』と言う人も、『エリヤだ』と言う人もいます。ほかに、『エレミヤだ』とか、『預言者の一人だ』と言う人もいます。」イエスが言われた。「それでは、あなたがたはわたしを何者だと言うのか。」シモン・ペトロが、「あなたはメシア、生ける神の子です」と答えた。すると、イエスはお答えになった。「シモン・バルヨナ、あなたは幸いだ。あなたにこのことを現したのは、人間ではなく、わたしの天の父なのだ。わたしも言っておく。あなたはペトロ。わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てる。陰府の力もこれに対抗できない。わたしはあなたに天の国の鍵を授ける。あなたが地上でつなぐことは、天上でもつながれる。あなたが地上で解くことは、天上でも解かれる。」それから、イエスは、御自分がメシアであることをだれにも話さないように、と弟子たちに命じられた。(マタイ17章1〜8節)

 クリスチャンの原点はイエスを「あなたはメシア、生ける神の子です」と信じることです。ペトロは使徒たちの先鞭を切って開口一番、イエスに「あなたはメシア、生ける神の子です」と信仰を告白しました。主イエスはペトロに答えて、その中でこうおっしゃっています。「あなたにこのことを現したのは、人間ではなく、わたしの天の父なのだ」。ペトロはまだ見ぬ十字架の贖いに先立って、イエスが救い主であると告白したのです。ペトロがイエスがメシアであると告白したのは、ペトロ自身の思いではなく天から使わされた父なる神によるものだ、ということです。ペトロはまだ、メシアがどのようにして世を救うのかを知りませんでした。イスラエルの多くの信者もまた、救世主はローマ帝国の圧政からイスラエルの民を救い出す、政治的な王こそがメシアだと思っていたのです。この後、イエスがそのような王ではなく、イスラエルの始祖、アブラハムに与えられた選民としての旧い契約を捨て、むしろ、イスラエルの腐敗を断罪し、全世界の民に福音をもたらす新しい契約を立てる平和の王として君臨することに反逆し、主イエスを十字架につけてしまったのです。逆説的なことに、この死と復活の贖いによって全世界の民に福音をもたらす新しい契約が立てられたのです。これが主の御計画であり、御子イエスが、異邦人であるわたしたちの救いとなってくださったのです。

六日の後、イエスは、ただペトロ、ヤコブ、ヨハネだけを連れて、高い山に登られた。イエスの姿が彼らの目の前で変わり、服は真っ白に輝き、この世のどんなさらし職人の腕も及ばぬほど白くなった。エリヤがモーセと共に現れて、イエスと語り合っていた。ペトロが口をはさんでイエスに言った。「先生、わたしたちがここにいるのは、すばらしいことです。仮小屋を三つ建てましょう。一つはあなたのため、一つはモーセのため、もう一つはエリヤのためです。」ペトロは、どう言えばよいのか、分からなかった。弟子たちは非常に恐れていたのである。すると、雲が現れて彼らを覆い、雲の中から声がした。「これはわたしの愛する子。これに聞け。」弟子たちは急いで辺りを見回したが、もはやだれも見えず、ただイエスだけが彼らと一緒におられた。(マルコ9章2〜8節)

 ここで、ペトロは、頓珍漢な発言をしてしまいます。イエスを「あなたはメシア、生ける神の子です」と言ったのに、預言者エリヤ、エジプトからの奪還の指導者モーセと並べてイエスを位置づけてしまったのです。ペトロのメシア観もまた、モーセがエジプトからイスラエルの民を救い出したように、ローマ帝国の圧政からイスラエルを救い出す強い帝王をイメージしていたのかもしれません。それは、人間として仕方の無いこととも言えましょう。わたしたちが天国を想像できないように、主イエスのメシアとしての救いの御業もまた、世界で誰一人としてはっきり知ることはできなかったでしょう。しかし、主イエスの贖いは、旧約聖書においてことごとく預言されていたことなのです。新旧約聖書全てが、主イエス・キリストを証していると言っても過言ではないでしょう。ペトロは理論的には破綻しながらも、主に愛され、主を愛す信仰によって主の恩恵を受けていたのです。

さて、過越祭の前のことである。イエスは、この世から父のもとへ移る御自分の時が来たことを悟り、世にいる弟子たちを愛して、この上なく愛し抜かれた。夕食のときであった。既に悪魔は、イスカリオテのシモンの子ユダに、イエスを裏切る考えを抱かせていた。イエスは、父がすべてを御自分の手にゆだねられたこと、また、御自分が神のもとから来て、神のもとに帰ろうとしていることを悟り、食事の席から立ち上がって上着を脱ぎ、手ぬぐいを取って腰にまとわれた。それから、たらいに水をくんで弟子たちの足を洗い、腰にまとった手ぬぐいでふき始められた。シモン・ペトロのところに来ると、ペトロは、「主よ、あなたがわたしの足を洗ってくださるのですか」と言った。イエスは答えて、「わたしのしていることは、今あなたには分かるまいが、後で、分かるようになる」と言われた。ペトロが、「わたしの足など、決して洗わないでください」と言うと、イエスは、「もしわたしがあなたを洗わないなら、あなたはわたしと何のかかわりもないことになる」と答えられた。そこでシモン・ペトロが言った。「主よ、足だけでなく、手も頭も。」イエスは言われた。「既に体を洗った者は、全身清いのだから、足だけ洗えばよい。あなたがたは清いのだが、皆が清いわけではない。」(ヨハネ13章1〜9節)

 ペトロは「わたしの足など、決して洗わないでください」と言ったり、「主よ、足だけでなく、手も頭も。」と言ったりと、まるで子供のように主イエスの愛を求めています。その両極端の間に主イエスの言葉があります。「もしわたしがあなたを洗わないなら、あなたはわたしと何のかかわりもないことになる」です。おそらくは、ペトロはこの一言によって、両極端な発言をしたのではないでしょうか。「主イエスと共にいたい」という、その一心でイエスにすがりつきたかったのだといえるでしょう。主イエスは、ファリサイ派や民衆が強い王として君臨されるのだと思われているばかりか、イエスの弟子たちもまた、そのような期待と自分が大臣になることを夢見ていたことを知っておられたのでしょう。主御自身が弟子たちの足を洗うことによって、人のしもべとなるように模範を示されたのです。そこに、主イエスのまことの愛があったのです。そして互いに愛し合いなさいと、お示しになったのです。この愛の精神は主が昇天された後、初代教会の礎として、ペトロ、ヨハネ、パウロの宣教の核になったのです。そこに来て、弟子たちは主イエスが弟子たちの足を洗うことの本当の意味を思い出させられるのです。わたしたちは既に福音を知らされています。主イエス・キリストの新しい契約と救いを知っています。ですからなおのこと互いに愛し合うべきなのです。

イエスはこう話し終えると、心を騒がせ、断言された。「はっきり言っておく。あなたがたのうちの一人がわたしを裏切ろうとしている。」弟子たちは、だれについて言っておられるのか察しかねて、顔を見合わせた。イエスのすぐ隣には、弟子たちの一人で、イエスの愛しておられた者が食事の席に着いていた。シモン・ペトロはこの弟子に、だれについて言っておられるのかと尋ねるように合図した。その弟子が、イエスの胸もとに寄りかかったまま、「主よ、それはだれのことですか」と言うと、イエスは、「わたしがパン切れを浸して与えるのがその人だ」と答えられた。それから、パン切れを浸して取り、イスカリオテのシモンの子ユダにお与えになった。(ヨハネ13章21〜26節)

 ここで、ペトロはヨハネに合図しました。この箇所に「イエスの胸もとに寄りかかったまま」という言葉が出てきます。レオナルド・ダ・ヴィンチの『最後の晩餐』はあまりにも有名ですが、当時の食卓は、椅子もテーブルもありませんでした。イスラエルの当時の民は、腹ばいになって、ひじを付き、頭を上げて、食事をしていたのです。ですからレオナルドの絵のように一列に座ることもなく、円陣になって「食卓」を囲み、ペトロはヨハネに合図をし、ヨハネはイエスの胸元に寄りかかっていて、イエスは直接ユダにパン切れを浸して渡すことができたのです。とにかくも、ペトロはヨハネに合図するような間柄であり、「そんな奴は取っちめてやる」というような意気込みでイエスの言葉を聴いていたのでしょう。ここに「人間」を代表する態度が示されています。自分の判断で裁き、自分の力で何とかしようとする心です。主御自身が天の父なる神の意思を優先し、これから十字架に架けられようとする、最後の晩餐においても、人はこのようにして主人公を主イエスではなく自分を主人公にしてしまうのです。

そのとき、イエスは弟子たちに言われた。「今夜、あなたがたは皆わたしにつまずく。『わたしは羊飼いを打つ。すると、羊の群れは散ってしまう』と書いてあるからだ。しかし、わたしは復活した後、あなたがたより先にガリラヤへ行く。」するとペトロが、「たとえ、みんながあなたにつまずいても、わたしは決してつまずきません」と言った。イエスは言われた。「はっきり言っておく。あなたは今夜、鶏が鳴く前に、三度わたしのことを知らないと言うだろう。」ペトロは、「たとえ、御一緒に死なねばならなくなっても、あなたのことを知らないなどとは決して申しません」と言った。弟子たちも皆、同じように言った。それから、イエスは弟子たちと一緒にゲツセマネという所に来て、「わたしが向こうへ行って祈っている間、ここに座っていなさい」と言われた。ペトロおよびゼベダイの子二人を伴われたが、そのとき、悲しみもだえ始められた。そして、彼らに言われた。「わたしは死ぬばかりに悲しい。ここを離れず、わたしと共に目を覚ましていなさい。」少し進んで行って、うつ伏せになり、祈って言われた。「父よ、できることなら、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。しかし、わたしの願いどおりではなく、御心のままに。」それから、弟子たちのところへ戻って御覧になると、彼らは眠っていたので、ペトロに言われた。「あなたがたはこのように、わずか一時もわたしと共に目を覚ましていられなかったのか。誘惑に陥らぬよう、目を覚まして祈っていなさい。心は燃えても、肉体は弱い。」更に、二度目に向こうへ行って祈られた。「父よ、わたしが飲まないかぎりこの杯が過ぎ去らないのでしたら、あなたの御心が行われますように。」再び戻って御覧になると、弟子たちは眠っていた。ひどく眠かったのである。そこで、彼らを離れ、また向こうへ行って、三度目も同じ言葉で祈られた。それから、弟子たちのところに戻って来て言われた。「あなたがたはまだ眠っている。休んでいる。時が近づいた。人の子は罪人たちの手に引き渡される。立て、行こう。見よ、わたしを裏切る者が来た。」(マタイ26章31〜46節)

 人間には、自力ではどうにもならないことがあります。預言の成就ならなおさらのことです。主イエスの生涯は、預言を成就させていく歩みでした。それは、預言者を通して語られたメシアとしての歩みであり、それはことごとく父なる神の御心だったのです。それが福音なのです。ペトロがいくら頑張ってみせても、預言は必ず成就するのです。今を生きるわたしたちにとって、残された預言とは、主の再臨であり、審きです。永遠の命です。火の滅びであり、永遠の地獄です。「三度わたしのことを知らないと言うだろう」というこの御言葉は、わたしたちにも向けられているのです。父・御子・御霊をしらないと言う者は、父・御子・御霊に「しらない」と言われるのです。主イエスがゲツセマネで祈られたとき、ペトロをはじめ、弟子たちは眠ってしまいました。「心は燃えても、肉体は弱い。」むしろ、心を燃やして敵を討つべし、と意気込んで神経が尖らせていたが故に、神経を使い果たし、暗闇の中で寝てしまっていたのかもしれません。最後の晩餐でユダが出て行った後に、「腹が減っては戦はできぬ」と、多少飲み過ぎたのかもしれません。どちらにせよ、どちらでもないにせよ、人間の弱さを痛感させらざるを得ない、聖書箇所です。ヨハネの福音書だけ、14章から17章にかけてイエスが語られた内容が詳細に載せられています。逆にこの眠りについての記述はありません。脱線しないように、この箇所について語ることを今は避けておきましょう。

シモン・ペトロは剣を持っていたので、それを抜いて大祭司の手下に打ってかかり、その右の耳を切り落とした。手下の名はマルコスであった。イエスはペトロに言われた。「剣をさやに納めなさい。父がお与えになった杯は、飲むべきではないか。」(ヨハネ18章10〜11節)

 やはり、ペトロは起き上がると再びヴォルテージが上がったようです。無血で済むところに血を落とさせてしまいました。主イエスはこのマルコスという手下の耳を元通りになされました。このペトロがしてしまったことは、わたしたちと無縁ではありません。部族間の争い、宗教的対立などにより、人間は人間を殺し合い、無駄な血を流させるのです。クリスチャンはそんなことはしない、と思われるかもしれません。しかし、そうではないのです。イスラム教国の中でイスラム原理主義の軍事政権があるように、アメリカ合衆国でも福音派という一派があり、「イスラムを叩きのめして、主イエスの再臨を早めよう、それこそ主イエスの再臨の道を整え、再臨を早める正義なのだ」と戦争への道を扇動する一派があるのです。言い換えれば「キリスト原理主義」と言ってもよいかもしれません。原理主義の根本には「愛の欠如」と「選民とされたことを自ら誇る態度」があります。本当に主の愛を受け入れていないのです。そして自分が信者であることを、神の恵みによるのではなく、さも自ら獲得したかのように思い、また振舞うのです。原理主義からは遠い存在だ、と自分が思っていても、信仰生活の中で自分を主人公に仕立て上げてしまうことは無いでしょうか。このことこそが、主に対して犯す最大の罪なのです。主を礼拝し、主に罪を知らされたらいつでも悔い改めて主に立ち返らなくてはならないのです。

ペトロは外にいて中庭に座っていた。そこへ一人の女中が近寄って来て、「あなたもガリラヤのイエスと一緒にいた」と言った。ペトロは皆の前でそれを打ち消して、「何のことを言っているのか、わたしには分からない」と言った。ペトロが門の方に行くと、ほかの女中が彼に目を留め、居合わせた人々に、「この人はナザレのイエスと一緒にいました」と言った。そこで、ペトロは再び、「そんな人は知らない」と誓って打ち消した。しばらくして、そこにいた人々が近寄って来てペトロに言った。「確かに、お前もあの連中の仲間だ。言葉遣いでそれが分かる。」そのとき、ペトロは呪いの言葉さえ口にしながら、「そんな人は知らない」と誓い始めた。するとすぐ、鶏が鳴いた。ペトロは、「鶏が鳴く前に、あなたは三度わたしを知らないと言うだろう」と言われたイエスの言葉を思い出した。そして外に出て、激しく泣いた。(マタイ26章69節〜75節)

 預言は成就されました。エルサレムの人からするとガリラヤの人が話す言葉は訛っていた、かなりはっきりとわかるような方言だったそうです。ここで注目したいのは「激しく泣いた」ことです。ユダのように裏切ってしまったと思ったかもしれません。しかし、ここでペトロは悔いるのです。悔いて嘆いて激しく泣いたのです。もう主イエスは法廷で裁かれていました。もう主イエスに許しを請うことすら叶わないかもしれない、愛し愛されていた主イエスに何ということを言ってしまったのだろう。刃で射し抜かれたような気持ちになったことでしょう。鶏の一声に、そこまで思いつめて泣くペトロに、その人間性を見ることができるのです。アダムは実を食べたことをエバに責任転嫁し、エバは蛇に責任転嫁をしました。父なる神はアダムにもエバにも蛇にも罰を与えました。そして、アダムとエバに皮衣を与えなさったのです。父なる神は義の神であり、かつ、愛の神なのです。そして御子に人類の罪を背負わせ、十字架の死と復活によってわたしたちを赦してくださっているのです。

週の初めの日、朝早く、まだ暗いうちに、マグダラのマリアは墓に行った。そして、墓から石が取りのけてあるのを見た。そこで、シモン・ペトロのところへ、また、イエスが愛しておられたもう一人の弟子のところへ走って行って彼らに告げた。「主が墓から取り去られました。どこに置かれているのか、わたしたちには分かりません。」そこで、ペトロとそのもう一人の弟子は、外に出て墓へ行った。二人は一緒に走ったが、もう一人の弟子の方が、ペトロより速く走って、先に墓に着いた。身をかがめて中をのぞくと、亜麻布が置いてあった。しかし、彼は中には入らなかった。続いて、シモン・ペトロも着いた。彼は墓に入り、亜麻布が置いてあるのを見た。イエスの頭を包んでいた覆いは、亜麻布と同じ所には置いてなく、離れた所に丸めてあった。それから、先に墓に着いたもう一人の弟子も入って来て、見て、信じた。イエスは必ず死者の中から復活されることになっているという聖書の言葉を、二人はまだ理解していなかったのである。(ヨハネ20章1〜20節)

 主イエスが復活して初めに姿を見せられたのは十二人の弟子たちではなく、マグダラのマリアでした。このマリアはカトリック教会から長い間、娼婦の汚名を着せられていましたが、いまは、バチカンも誤りを認めています。復活の主はマグダラのマリアを派遣して、復活の勝利を弟子たちのもとへと伝えさせたのです。ペトロの召命は終わってしまったのでしょうか。まだこれから起こる「人間をとる漁師」の意味をペトロもヨハネも解っていなかったのです。しかし神はそのような人間を使徒として大胆に召命したのです。神にできないことは何一つ無いのです。そしてその召命は、命令なのです。強制なのです。絶対なのです。断れないのです。わたしたちに命を与えてくださっている神は、その命を自由自在に操ることができるからです。クリスチャンは主の奴隷なのです。贖い、というのは「身代金を払って買い取る」ことだからです。そしてその買い取りは、既にイエス・キリストの十字架の死と復活を以って既に代価は払われているのです。わたしたちの信仰は、唯一、恵みによるのです。

その後、イエスはティベリアス湖畔で、また弟子たちに御自身を現された。その次第はこうである。シモン・ペトロ、ディディモと呼ばれるトマス、ガリラヤのカナ出身のナタナエル、ゼベダイの子たち、それに、ほかの二人の弟子が一緒にいた。シモン・ペトロが、「わたしは漁に行く」と言うと、彼らは、「わたしたちも一緒に行こう」と言った。彼らは出て行って、舟に乗り込んだ。しかし、その夜は何もとれなかった。既に夜が明けたころ、イエスが岸に立っておられた。だが、弟子たちは、それがイエスだとは分からなかった。イエスが、「子たちよ、何か食べる物があるか」と言われると、彼らは、「ありません」と答えた。イエスは言われた。「舟の右側に網を打ちなさい。そうすればとれるはずだ。」そこで、網を打ってみると、魚があまり多くて、もはや網を引き上げることができなかった。イエスの愛しておられたあの弟子がペトロに、「主だ」と言った。シモン・ペトロは「主だ」と聞くと、裸同然だったので、上着をまとって湖に飛び込んだ。ほかの弟子たちは魚のかかった網を引いて、舟で戻って来た。陸から二百ペキスばかりしか離れていなかったのである。さて、陸に上がってみると、炭火がおこしてあった。その上に魚がのせてあり、パンもあった。イエスが、「今とった魚を何匹か持って来なさい」と言われた。シモン・ペトロが舟に乗り込んで網を陸に引き上げると、百五十三匹もの大きな魚でいっぱいであった。それほど多くとれたのに、網は破れていなかった。イエスは、「さあ、来て、朝の食事をしなさい」と言われた。弟子たちはだれも、「あなたはどなたですか」と問いただそうとはしなかった。主であることを知っていたからである。イエスは来て、パンを取って弟子たちに与えられた。魚も同じようにされた。イエスが死者の中から復活した後、弟子たちに現れたのは、これでもう三度目である。食事が終わると、イエスはシモン・ペトロに、「ヨハネの子シモン、この人たち以上にわたしを愛しているか」と言われた。ペトロが、「はい、主よ、わたしがあなたを愛していることは、あなたがご存じです」と言うと、イエスは、「わたしの小羊を飼いなさい」と言われた。二度目にイエスは言われた。「ヨハネの子シモン、わたしを愛しているか。」ペトロが、「はい、主よ、わたしがあなたを愛していることは、あなたがご存じです」と言うと、イエスは、「わたしの羊の世話をしなさい」と言われた。三度目にイエスは言われた。「ヨハネの子シモン、わたしを愛しているか。」ペトロは、イエスが三度目も、「わたしを愛しているか」と言われたので、悲しくなった。そして言った。「主よ、あなたは何もかもご存じです。わたしがあなたを愛していることを、あなたはよく知っておられます。」イエスは言われた。「わたしの羊を飼いなさい。はっきり言っておく。あなたは、若いときは、自分で帯を締めて、行きたいところへ行っていた。しかし、年をとると、両手を伸ばして、他の人に帯を締められ、行きたくないところへ連れて行かれる。」ペトロがどのような死に方で、神の栄光を現すようになるかを示そうとして、イエスはこう言われたのである。このように話してから、ペトロに、「わたしに従いなさい」と言われた。ペトロが振り向くと、イエスの愛しておられた弟子がついて来るのが見えた。この弟子は、あの夕食のとき、イエスの胸もとに寄りかかったまま、「主よ、裏切るのはだれですか」と言った人である。ペトロは彼を見て、「主よ、この人はどうなるのでしょうか」と言った。イエスは言われた。「わたしの来るときまで彼が生きていることを、わたしが望んだとしても、あなたに何の関係があるか。あなたは、わたしに従いなさい。」それで、この弟子は死なないといううわさが兄弟たちの間に広まった。しかし、イエスは、彼は死なないと言われたのではない。ただ、「わたしの来るときまで彼が生きていることを、わたしが望んだとしても、あなたに何の関係があるか」と言われたのである。これらのことについて証しをし、それを書いたのは、この弟子である。(ヨハネ21章1〜23節)

 ペテロたちは再び網を打つ漁師の生活に戻っていました。復活の主だとわかったペテロの喜びようと言ったらないくらいです。ここでも主イエスは最初の召命と同じように大漁の魚によって弟子たちに御自分を見せてくださったのです。そして、三度、主イエスはペトロに「わたしを愛しているか」とペトロに問うたのです。主イエスはペトロが三度イエスを「しらない」と言ってしまったことを、ペトロが三度主イエスを愛しています、という告白をさせることで、御赦しになられたのです。正確に言えば「ペテロに三度告白させることによって、主イエスがペトロに御赦しになっていることをわからせてくださった」のです。そして、主イエスが天に昇られた後において、いよいよ主の愛の召命に応える伝道の生涯が始まったのです。ところで、ペトロは、ヨハネを指して、「主よ、この人はどうなるのでしょうか」と言うのです。この質問は明らかに「蛇足」です。主イエスは「あなたに何の関係があるか。あなたは、わたしに従いなさい」とおっしゃいました。主イエスは蛇足の質問にお答えになったのです。それは、これから後、使徒たちは、主イエスと共にいたときのように行動を一つにするのではなく、それぞれの地に、また、それぞれの役割を持って伝道するのだと覚悟しなさい、ということを示されたのです。



すると、ペトロは十一人と共に立って、声を張り上げ、話し始めた。「ユダヤの方々、またエルサレムに住むすべての人たち、知っていただきたいことがあります。わたしの言葉に耳を傾けてください。今は朝の九時ですから、この人たちは、あなたがたが考えているように、酒に酔っているのではありません。そうではなく、これこそ預言者ヨエルを通して言われていたことなのです。『神は言われる。終わりの時に、 わたしの霊をすべての人に注ぐ。すると、あなたたちの息子と娘は預言し、 若者は幻を見、老人は夢を見る。わたしの僕やはしためにも、 そのときには、わたしの霊を注ぐ。すると、彼らは預言する。上では、天に不思議な業を、 下では、地に徴を示そう。血と火と立ちこめる煙が、それだ。主の偉大な輝かしい日が来る前に、 太陽は暗くなり、 月は血のように赤くなる。主の名を呼び求める者は皆、救われる。』イスラエルの人たち、これから話すことを聞いてください。ナザレの人イエスこそ、神から遣わされた方です。神は、イエスを通してあなたがたの間で行われた奇跡と、不思議な業と、しるしとによって、そのことをあなたがたに証明なさいました。あなたがた自身が既に知っているとおりです。このイエスを神は、お定めになった計画により、あらかじめご存じのうえで、あなたがたに引き渡されたのですが、あなたがたは律法を知らない者たちの手を借りて、十字架につけて殺してしまったのです。しかし、神はこのイエスを死の苦しみから解放して、復活させられました。イエスが死に支配されたままでおられるなどということは、ありえなかったからです。ダビデは、イエスについてこう言っています。『わたしは、いつも目の前に主を見ていた。主がわたしの右におられるので、 わたしは決して動揺しない。だから、わたしの心は楽しみ、 舌は喜びたたえる。体も希望のうちに生きるであろう。あなたは、わたしの魂を陰府に捨てておかず、 あなたの聖なる者を 朽ち果てるままにしておかれない。あなたは、命に至る道をわたしに示し、 御前にいるわたしを喜びで満たしてくださる。』兄弟たち、先祖ダビデについては、彼は死んで葬られ、その墓は今でもわたしたちのところにあると、はっきり言えます。ダビデは預言者だったので、彼から生まれる子孫の一人をその王座に着かせると、神がはっきり誓ってくださったことを知っていました。そして、キリストの復活について前もって知り、『彼は陰府に捨てておかれず、 その体は朽ち果てることがない』 と語りました。神はこのイエスを復活させられたのです。わたしたちは皆、そのことの証人です。それで、イエスは神の右に上げられ、約束された聖霊を御父から受けて注いでくださいました。あなたがたは、今このことを見聞きしているのです。ダビデは天に昇りませんでしたが、彼自身こう言っています。『主は、わたしの主にお告げになった。「わたしの右の座に着け。わたしがあなたの敵を あなたの足台とするときまで。」』だから、イスラエルの全家は、はっきり知らなくてはなりません。あなたがたが十字架につけて殺したイエスを、神は主とし、またメシアとなさったのです。」人々はこれを聞いて大いに心を打たれ、ペトロとほかの使徒たちに、「兄弟たち、わたしたちはどうしたらよいのですか」と言った。すると、ペトロは彼らに言った。「悔い改めなさい。めいめい、イエス・キリストの名によって洗礼を受け、罪を赦していただきなさい。そうすれば、賜物として聖霊を受けます。この約束は、あなたがたにも、あなたがたの子供にも、遠くにいるすべての人にも、つまり、わたしたちの神である主が招いてくださる者ならだれにでも、与えられているものなのです。」ペトロは、このほかにもいろいろ話をして、力強く証しをし、「邪悪なこの時代から救われなさい」と勧めていた。ペトロの言葉を受け入れた人々は洗礼を受け、その日に三千人ほどが仲間に加わった。彼らは、使徒の教え、相互の交わり、パンを裂くこと、祈ることに熱心であった。(使徒言行録2章14〜42節)

 (参照:ヨエル書3章1〜5節、詩編16編7〜11節、詩編110編1節)わたしたちは、この箇所で御聖霊の力強い働きと、人間ペトロの猛烈な勉強の成果を見ることができます。この説教において三箇所、旧約聖書(当時はまだ新約聖書は無い)からの預言の引用があります。主イエスが預言者たちの書き記したメシアであること、そして十字架の死と復活が、どのような意味を持っていたのかということを、ペトロは御聖霊に導かれながら、メシアとしての主イエスを学んだのです。後の聖書、ペテロの手紙第一の巻末において「シルワノによって」手紙を書いた、とあることから、この学びは文字を読み書きするのではなく、聖書に詳しい人に「主イエスの生涯のどこが誰によってどのようにして預言されていたのか」と尋ねながら、耳で学んだ可能性があります。ともかく主イエスに「わたしの羊を飼いなさい」または「だから、あなたがたは行ってすべての民をわたしの弟子としなさい。彼らに父と子と聖霊の名によって洗礼を授け、あなたがたに命じておいたことを、すべて守るように教えなさい。わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる」と命じられ、これは大役を授かったものだと、懸命になって学んだのかもしれません。これはそうだった可能性がある、ということだけで、ガリラヤ湖の漁師であったことが、すなわち聖書を学んでいなかった、ということを立証するものは、何一つありません。確かなことは、御聖霊の働きによってペトロが「自分の言葉ではなく、神から授かった言葉を宣べ伝えた」ということです。わたしたちが伝道するとき、自分はクリスチャンとして証にならないから、と尻込みする必要はないのです。友人、知人といった隣人に対して愛をもって伝道したいと思ったら、その隣人を「主が招いてくださいますように」と祈ればよいのです。

ペトロとヨハネが、午後三時の祈りの時に神殿に上って行った。すると、生まれながら足の不自由な男が運ばれて来た。神殿の境内に入る人に施しを乞うため、毎日「美しい門」という神殿の門のそばに置いてもらっていたのである。彼はペトロとヨハネが境内に入ろうとするのを見て、施しをこうた。ペトロはヨハネと一緒に彼をじっと見て、「わたしたちを見なさい」と言った。その男が、何かもらえると思って二人を見つめていると、ペトロは言った。「わたしには金や銀はないが、持っているものをあげよう。ナザレの人イエス・キリストの名によって立ち上がり、歩きなさい。」そして、右手を取って彼を立ち上がらせた。すると、たちまち、その男は足やくるぶしがしっかりして、躍り上がって立ち、歩きだした。そして、歩き回ったり躍ったりして神を賛美し、二人と一緒に境内に入って行った。民衆は皆、彼が歩き回り、神を賛美しているのを見た。彼らは、それが神殿の「美しい門」のそばに座って施しをこうていた者だと気づき、その身に起こったことに我を忘れるほど驚いた。(使徒言行録3章1〜10節)

 生まれつき足が立たない40歳以上[使徒言行録4章22節]の男をペトロはじっと見て「ナザレの人イエス・キリストの名によって立ちなさい」と言って、その男を立たせました。どうしてそのようなことができたのでしょう。「ナザレの人イエス・キリストの名によって」、つまり、「ナザレの人イエスがメシアであることを証明するために」立ち上がり、歩きなさい、と言ったからです。何より、バラバに替わり十字架に磔になったイエスこそが、メシア(=キリスト)であることを証明することが神の御心に叶ったことであり、必要なことだったからです。足が弱かった癒された男もまた、イエスがメシアであることの証人となったのです。わたしたちもこの癒された男と何の違いも無いのです。わたしたちは生まれながらにして、主を知らず、どのようにしたら人生の目的を見出すことができるかわからないイエス・キリストという岩の上に立てないでいる、まさしく、地に足の着いていない者たちだったからです。そのような生い立ちながら、主に招かれたクリスチャンは、洗礼によって、イエス・キリストという岩盤の上に力強く立脚させられ、また、その姿を晒すことにより主イエスの証人となるのです。どんなに弱いクリスチャンでも、与えられた命の意味、人生の目的を持って生きる限り、どんなに尊敬され、人を指導しているノンクリスチャンより、はるかに強いのです。「全能の神の愛の故に使わされた、御子イエス・キリストの死と復活の新しい契約によって、わたしたちは立ち、主の再臨を待ち、死もまた永遠の命の確信を持って怖れない者であり、また、再臨の主イエス・キリストに自分の名が覚えられていることを信じ、かつ、主に覚えられることが人生の唯一の意味だと知っている」からです。そしてわたしたちの主イエス・キリストは、ヨハネによる福音書16章33節において、主イエスが既に世に勝っていることを宣言してくださっているのです。

さて、その男がペトロとヨハネに付きまとっていると、民衆は皆非常に驚いて、「ソロモンの回廊」と呼ばれる所にいる彼らの方へ、一斉に集まって来た。これを見たペトロは、民衆に言った。「イスラエルの人たち、なぜこのことに驚くのですか。また、わたしたちがまるで自分の力や信心によって、この人を歩かせたかのように、なぜ、わたしたちを見つめるのですか。アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神、わたしたちの先祖の神は、その僕イエスに栄光をお与えになりました。ところが、あなたがたはこのイエスを引き渡し、ピラトが釈放しようと決めていたのに、その面前でこの方を拒みました。聖なる正しい方を拒んで、人殺しの男を赦すように要求したのです。あなたがたは、命への導き手である方を殺してしまいましたが、神はこの方を死者の中から復活させてくださいました。わたしたちは、このことの証人です。あなたがたの見て知っているこの人を、イエスの名が強くしました。それは、その名を信じる信仰によるものです。イエスによる信仰が、あなたがた一同の前でこの人を完全にいやしたのです。ところで、兄弟たち、あなたがたがあんなことをしてしまったのは、指導者たちと同様に無知のためであったと、わたしには分かっています。しかし、神はすべての預言者の口を通して予告しておられたメシアの苦しみを、このようにして実現なさったのです。だから、自分の罪が消し去られるように、悔い改めて立ち帰りなさい。こうして、主のもとから慰めの時が訪れ、主はあなたがたのために前もって決めておられた、メシアであるイエスを遣わしてくださるのです。このイエスは、神が聖なる預言者たちの口を通して昔から語られた、万物が新しくなるその時まで、必ず天にとどまることになっています。モーセは言いました。『あなたがたの神である主は、あなたがたの同胞の中から、わたしのような預言者をあなたがたのために立てられる。彼が語りかけることには、何でも聞き従え。この預言者に耳を傾けない者は皆、民の中から滅ぼし絶やされる。』預言者は皆、サムエルをはじめその後に預言した者も、今の時について告げています。あなたがたは預言者の子孫であり、神があなたがたの先祖と結ばれた契約の子です。『地上のすべての民族は、あなたから生まれる者によって祝福を受ける』と、神はアブラハムに言われました。それで、神は御自分の僕を立て、まず、あなたがたのもとに遣わしてくださったのです。それは、あなたがた一人一人を悪から離れさせ、その祝福にあずからせるためでした。」(使徒言行録3章11〜26節)

 (参照:申命記18章15節、創世記22章18節)奇跡は、この神殿での説教の序章でしかありませんでした。「主イエスを十字架に磔にしたイスラエルの民は、無知の故とはいえ、悔い改めなくてはならない、しかし、十字架に磔にされたナザレのイエスをメシアと信じる信仰をもって悔い改めることにより、神は一人ひとりを、悪から離れさせ、祝福に預からせる」。このペトロの説教は福音書のまだ無かった時代における、最初の福音といってもよいでしょう。この説教が語られてすぐに、ペトロとヨハネは牢に入れられてしまいます。彼らも人間、ペトロとヨハネもまた人間です。そこにどのような違いがあるのでしょうか。それは、心の眼が、神を見上げているのか、人間、世間を見ているのかの違いなのです。最近、「空気が読めない人」のことをKYと言ったりしますが、ペトロとヨハネは神殿の場の空気を読んで神殿の場の空気を読むことより、主イエス・キリストの福音を宣べ伝えることを優先させたのです。わたしたちは、場の空気を読んで、主の福音を宣べ伝えることに引っ込み思案になってはいないでしょうか。このペテロの説教のように、ドラマティックに語る必要はありません。御心の天になる如く、地にも成させ給え。これでよいのです。充分なのです。そして、側にいればよいのです。なぜなら、主は主のしもべが一人でも増えることを望んでおられるからです。

ペトロとヨハネが民衆に話をしていると、祭司たち、神殿守衛長、サドカイ派の人々が近づいて来た。二人が民衆に教え、イエスに起こった死者の中からの復活を宣べ伝えているので、彼らはいらだち、二人を捕らえて翌日まで牢に入れた。既に日暮れだったからである。しかし、二人の語った言葉を聞いて信じた人は多く、男の数が五千人ほどになった。次の日、議員、長老、律法学者たちがエルサレムに集まった。大祭司アンナスとカイアファとヨハネとアレクサンドロと大祭司一族が集まった。そして、使徒たちを真ん中に立たせて、「お前たちは何の権威によって、だれの名によってああいうことをしたのか」と尋問した。そのとき、ペトロは聖霊に満たされて言った。「民の議員、また長老の方々、今日わたしたちが取り調べを受けているのは、病人に対する善い行いと、その人が何によっていやされたかということについてであるならば、あなたがたもイスラエルの民全体も知っていただきたい。この人が良くなって、皆さんの前に立っているのは、あなたがたが十字架につけて殺し、神が死者の中から復活させられたあのナザレの人、イエス・キリストの名によるものです。この方こそ、『あなたがた家を建てる者に捨てられたが、 隅の親石となった石』です。ほかのだれによっても、救いは得られません。わたしたちが救われるべき名は、天下にこの名のほか、人間には与えられていないのです。」議員や他の者たちは、ペトロとヨハネの大胆な態度を見、しかも二人が無学な普通の人であることを知って驚き、また、イエスと一緒にいた者であるということも分かった。しかし、足をいやしていただいた人がそばに立っているのを見ては、ひと言も言い返せなかった。そこで、二人に議場を去るように命じてから、相談して、言った。「あの者たちをどうしたらよいだろう。彼らが行った目覚ましいしるしは、エルサレムに住むすべての人に知れ渡っており、それを否定することはできない。しかし、このことがこれ以上民衆の間に広まらないように、今後あの名によってだれにも話すなと脅しておこう。」そして、二人を呼び戻し、決してイエスの名によって話したり、教えたりしないようにと命令した。しかし、ペトロとヨハネは答えた。「神に従わないであなたがたに従うことが、神の前に正しいかどうか、考えてください。わたしたちは、見たことや聞いたことを話さないではいられないのです。」(使徒言行録4章1節〜4章20節)

 (参照:詩編118編22節)ここで、牢に入れられたことによって、かえって、ペトロとヨハネは、大逆転の大勝利を収めることになりました。「ナザレの人、イエスこそ、復活の主、救い主キリストである」。この信条より力強い言葉は無いのです。この信条は使徒信条の中に全て収められています。彼らが牢に入れられたのは、彼らのいらだちのためでしたが、翌日受けた尋問は「お前たちは何の権威によって、だれの名によってああいうことをしたのか」という内容でした。ペトロは聖霊に満たされて、待っていましたとばかり、立て板に水の如く、ナザレの人、イエス・キリストの名によってであり、この方のほかに救い主はいないと、宣言したのです。尋問をした者たちはみな、人の目ばかりを気にしていたがために、押し黙ることしかできなかったのです。この精神は「使徒信条」の中に取り込まれています。ですから、わたしたちは、だれに対しても既に勝っているのです。ただし、「その勝利を主のものとし、自分の功績としないならば」です。ここのところは、全てのクリスチャンが気をつけなければいけないことでしょう。



イエス・キリストの使徒ペトロから、ポントス、ガラテヤ、カパドキア、アジア、ビティニアの各地に離散して仮住まいをしている選ばれた人たちへ。あなたがたは、父である神があらかじめ立てられた御計画に基づいて、“霊”によって聖なる者とされ、イエス・キリストに従い、また、その血を注ぎかけていただくために選ばれたのです。恵みと平和が、あなたがたにますます豊かに与えられるように。(ペテロの手紙第一1章1〜2節)

 ここで、「選ばれた人たち」という言葉が使われています。主イエスの十字架の死と復活による贖いの新しい契約が結ばれる前は、イスラエルの民が始祖アブラハムの信仰の故に選民とされていました。いまや、新しい契約によって離散していたユダヤ人にも、異邦人の信者もまた、イエスが救い主であるという信仰の故に、新しい選民になったのです。また、三位一体の神という神学的解釈が、強調されています。「父」である神があらかじめ立てられたご計画に基づいて「霊」によって聖なる者とされ「イエス・キリスト」に従い、また、その血を注ぎかけていただくために選ばれたのです、と書かれています。「三位一体」と「新しい選民」と「恵みと平和」が巻頭に書かれているのです。この初期教会の信仰の原点に帰るべきだと、糾弾したのがプロテスタントなのです。

わたしたちの主イエス・キリストの父である神が、ほめたたえられますように。神は豊かな憐れみにより、わたしたちを新たに生まれさせ、死者の中からのイエス・キリストの復活によって、生き生きとした希望を与え、また、あなたがたのために天に蓄えられている、朽ちず、汚れず、しぼまない財産を受け継ぐ者としてくださいました。あなたがたは、終わりの時に現されるように準備されている救いを受けるために、神の力により、信仰によって守られています。それゆえ、あなたがたは、心から喜んでいるのです。今しばらくの間、いろいろな試練に悩まねばならないかもしれませんが、あなたがたの信仰は、その試練によって本物と証明され、火で精錬されながらも朽ちるほかない金よりはるかに尊くて、イエス・キリストが現れるときには、称賛と光栄と誉れとをもたらすのです。あなたがたは、キリストを見たことがないのに愛し、今見なくても信じており、言葉では言い尽くせないすばらしい喜びに満ちあふれています。それは、あなたがたが信仰の実りとして魂の救いを受けているからです。この救いについては、あなたがたに与えられる恵みのことをあらかじめ語った預言者たちも、探求し、注意深く調べました。預言者たちは、自分たちの内におられるキリストの霊が、キリストの苦難とそれに続く栄光についてあらかじめ証しされた際、それがだれを、あるいは、どの時期を指すのか調べたのです。彼らは、それらのことが、自分たちのためではなく、あなたがたのためであるとの啓示を受けました。それらのことは、天から遣わされた聖霊に導かれて福音をあなたがたに告げ知らせた人たちが、今、あなたがたに告げ知らせており、天使たちも見て確かめたいと願っているものなのです。(ペテロの手紙第一1章3〜12節)

 8節から9節にかけて、ペトロは「あなたがたは、キリストを見たことがないのに愛し、今見なくても信じており、言葉では言い尽くせないすばらしい喜びに満ちあふれています。それは、あなたがたが信仰の実りとして魂の救いを受けているからです。」と書いています。約2000年経った今のクリスチャンもこの状態にあります。わたしたちは、既に与えられている主イエス・キリストの十字架の死と復活を信じるだけで、信仰の実りとして魂の救いを受けているのです。プレゼントを贈ったら、それ以上のお返しの贈り物を受け取ることは、わたしたちの生活の中でもしばしば起こることですが、神様のプレゼントは、もらっただけで、さらに言葉では言い尽くせないすばらしい喜びというプレゼントをさらにいただくことになるのです。わたしたちの神は無限に「正しい」方であり、無限に「愛する」方なのです。

だから、いつでも心を引き締め、身を慎んで、イエス・キリストが現れるときに与えられる恵みを、ひたすら待ち望みなさい。無知であったころの欲望に引きずられることなく、従順な子となり、召し出してくださった聖なる方に倣って、あなたがた自身も生活のすべての面で聖なる者となりなさい。「あなたがたは聖なる者となれ。わたしは聖なる者だからである」と書いてあるからです。また、あなたがたは、人それぞれの行いに応じて公平に裁かれる方を、「父」と呼びかけているのですから、この地上に仮住まいする間、その方を畏れて生活すべきです。知ってのとおり、あなたがたが先祖伝来のむなしい生活から贖われたのは、金や銀のような朽ち果てるものにはよらず、きずや汚れのない小羊のようなキリストの尊い血によるのです。キリストは、天地創造の前からあらかじめ知られていましたが、この終わりの時代に、あなたがたのために現れてくださいました。あなたがたは、キリストを死者の中から復活させて栄光をお与えになった神を、キリストによって信じています。従って、あなたがたの信仰と希望とは神にかかっているのです。あなたがたは、真理を受け入れて、魂を清め、偽りのない兄弟愛を抱くようになったのですから、清い心で深く愛し合いなさい。あなたがたは、朽ちる種からではなく、朽ちない種から、すなわち、神の変わることのない生きた言葉によって新たに生まれたのです。こう言われているからです。(ペテロの手紙第一1章13節〜23節)

 (参照:レビ記11章45〜46節)この箇所は、ヨハネ伝の冒頭や、コリント第一の7章から13章にかけて、また、ヨハネの黙示録の冒頭と精神を一つにしていると言ってよいかと思います。「再臨の時が迫っている」ことと、「天地創造の前からいらっしゃった言葉であられる主イエス・キリスト」という精神のことです。わたしたち後代の人間にとって、この二つの精神は信仰生活に欠かせないものです。これらの精神と前述されてある「三位一体の神」の精神が受け告げられなかったとするなら、主イエス・キリストの十字架の贖いは使徒たちが死ぬと同時に、終わってしまった出来事になってしまうのです。この信仰の根本が語り告げられているからこそ、わたしたちの信仰生活は、「この地上に仮住まいする間」なのです。それと同時にペトロは「金や銀などのような朽ち果てるものにはよらず」と語っています。金や銀は普段わたしたちが使っている紙幣に比べれば、はるかに朽ち果てないものです。しかし、主イエス・キリストの十字架の死と、復活による新しい契約に比べれば、金や銀などといったものは、朽ち果てるもの以外の何ものでもないのです。これはまた、地上での仮住まいとしての命と、主から与えられた永遠の命との比較であるともいえるでしょう。朽ち果てる命と、朽ち果てない命です。現代、わたしたちが見ることができるのは、金や銀、朽ち果てる命であり、主イエス・キリストの十字架や永遠の命は、人間の目で見えるものではありません。ペトロは自ら主イエスと共に生きていたときの信仰は、時代と共に消えうせ、御言葉によって生かされる信仰へと転回していかなければ、広く世界に福音を宣べ伝えることはできないということを正しく認識し、この「御言葉としての主イエスの福音」は決して朽ちないということを、預言の引用によって確かな裏付けのあるものとして書き送ったのです。

こう言われているからです。「人は皆、草のようで、 その華やかさはすべて、草の花のようだ。草は枯れ、 花は散る。しかし、主の言葉は永遠に変わることがない。」これこそ、あなたがたに福音として告げ知らされた言葉なのです。だから、悪意、偽り、偽善、ねたみ、悪口をみな捨て去って、生まれたばかりの乳飲み子のように、混じりけのない霊の乳を慕い求めなさい。これを飲んで成長し、救われるようになるためです。あなたがたは、主が恵み深い方だということを味わいました。この主のもとに来なさい。主は、人々からは見捨てられたのですが、神にとっては選ばれた、尊い、生きた石なのです。あなたがた自身も生きた石として用いられ、霊的な家に造り上げられるようにしなさい。そして聖なる祭司となって神に喜ばれる霊的ないけにえを、イエス・キリストを通して献げなさい。聖書にこう書いてあるからです。「見よ、わたしは、選ばれた尊いかなめ石を、 シオンに置く。これを信じる者は、決して失望することはない。」従って、この石は、信じているあなたがたには掛けがえのないものですが、信じない者たちにとっては、「家を建てる者の捨てた石、 これが隅の親石となった」のであり、また、「つまずきの石、 妨げの岩」なのです。彼らは御言葉を信じないのでつまずくのですが、実は、そうなるように以前から定められているのです。しかし、あなたがたは、選ばれた民、王の系統を引く祭司、聖なる国民、神のものとなった民です。それは、あなたがたを暗闇の中から驚くべき光の中へと招き入れてくださった方の力ある業を、あなたがたが広く伝えるためなのです。あなたがたは、「かつては神の民ではなかったが、 今は神の民であり、 憐れみを受けなかったが、 今は憐れみを受けている」のです。(ペトロの手紙第一1章24節〜2章10節)

 (参照:イザヤ書40章6〜8節、イザヤ書28章26節、イザヤ書8章14節、ホセア書1章9節)この1章24節、25節に引用された聖書の言葉は、1章の締めくくりであると同時に、2章に語る事柄の口火であると言ってよいでしょう。ここでペトロは(旧約)聖書の御言葉を自由自在に引用して、次世代の信徒に対して、主イエスこそ聖書に預言された救い主であることを証ししています。次世代以降の信徒に、主イエスを「全ての預言をことごとく成就なされ、再臨を以って全ての預言の成就を完成なされる主」であることを語り継げようとしているのです。ペトロの手紙においてこの姿勢は一貫しています。この二つの手紙は使徒ペトロの最後の任務であり、神から託された遺言状でもあると言えるものなのです。

愛する人たち、あなたがたに勧めます。いわば旅人であり、仮住まいの身なのですから、魂に戦いを挑む肉の欲を避けなさい。また、異教徒の間で立派に生活しなさい。そうすれば、彼らはあなたがたを悪人呼ばわりしてはいても、あなたがたの立派な行いをよく見て、訪れの日に神をあがめるようになります。主のために、すべて人間の立てた制度に従いなさい。それが、統治者としての皇帝であろうと、あるいは、悪を行う者を処罰し、善を行う者をほめるために、皇帝が派遣した総督であろうと、服従しなさい。善を行って、愚かな者たちの無知な発言を封じることが、神の御心だからです。自由な人として生活しなさい。しかし、その自由を、悪事を覆い隠す手だてとせず、神の僕として行動しなさい。すべての人を敬い、兄弟を愛し、神を畏れ、皇帝を敬いなさい。(ペトロの手紙第一11節〜17節)

 (参照:イザヤ書53章9節)ここの諭しは、主イエスが語られた、「皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返しなさい」とおっしゃった御言葉を彷彿とさせます。かつては主イエスのゲツセマネの祈りの後、手下の耳を切り落としてしまったペトロが、円熟し、無用な対立や争い、流血沙汰を避けるように、敬い、服従しなさいと勧告しているのです。このような勧告は、使徒パウロによっても書かれていますが、パウロが「何とかして何人かでも救うためです。」と全ての人の奴隷となった理由を語っている(コリント第一9章)のに対して、ペトロは「善を行って、愚かな者たちの無知な発言を封じることが、神の御心だからです。」と述べています。主イエスと共に歩み、全ての人の奴隷となられた主イエスを見ていたこのペトロの勧告は、実体験であり、どんな理屈よりも重みがあるのです。

召し使いたち、心からおそれ敬って主人に従いなさい。善良で寛大な主人にだけでなく、無慈悲な主人にもそうしなさい。不当な苦しみを受けることになっても、神がそうお望みだとわきまえて苦痛を耐えるなら、それは御心に適うことなのです。罪を犯して打ちたたかれ、それを耐え忍んでも、何の誉れになるでしょう。しかし、善を行って苦しみを受け、それを耐え忍ぶなら、これこそ神の御心に適うことです。あなたがたが召されたのはこのためです。というのは、キリストもあなたがたのために苦しみを受け、その足跡に続くようにと、模範を残されたからです。「この方は、罪を犯したことがなく、 その口には偽りがなかった。」ののしられてもののしり返さず、苦しめられても人を脅さず、正しくお裁きになる方にお任せになりました。そして、十字架にかかって、自らその身にわたしたちの罪を担ってくださいました。わたしたちが、罪に対して死んで、義によって生きるようになるためです。そのお受けになった傷によって、あなたがたはいやされました。あなたがたは羊のようにさまよっていましたが、今は、魂の牧者であり、監督者である方のところへ戻って来たのです。同じように、妻たちよ、自分の夫に従いなさい。夫が御言葉を信じない人であっても、妻の無言の行いによって信仰に導かれるようになるためです。神を畏れるあなたがたの純真な生活を見るからです。あなたがたの装いは、編んだ髪や金の飾り、あるいは派手な衣服といった外面的なものであってはなりません。むしろそれは、柔和でしとやかな気立てという朽ちないもので飾られた、内面的な人柄であるべきです。このような装いこそ、神の御前でまことに価値があるのです。その昔、神に望みを託した聖なる婦人たちも、このように装って自分の夫に従いました。たとえばサラは、アブラハムを主人と呼んで、彼に服従しました。あなたがたも、善を行い、また何事も恐れないなら、サラの娘となるのです。同じように、夫たちよ、妻を自分よりも弱いものだとわきまえて生活を共にし、命の恵みを共に受け継ぐ者として尊敬しなさい。そうすれば、あなたがたの祈りが妨げられることはありません。(ペトロの手紙第一2章18節〜3章7節)

 (参照:詩編34編12〜17節)ペトロは主イエスが弟子たちの足を洗った意味を、ここにおいて、はっきり認識し、はっきりと勧告しています。召し使いや、妻と夫の関係もまた「同じように」と語っています。そしてその意味を「神の御心に適う」ことに帰結させています。また、ここでペトロは「主イエスは模範を残された」と言っています。わたしたち人間は主イエスほどのへりくだりを実践することはできないでしょう。ペトロ自身の歩みも、首尾一貫してへりくだったとは言えません。本当のへりくだりは御聖霊の助けがなくてはできないことです。道徳的な謙遜では成しえないへりくだりを主イエスに見いだすとき、わたしたちは、御聖霊の臨在を求め、主に立ち返るのです。ですから、初めから「無理だから」とへりくだりを投げ捨ててはならないのです。これは非常に難しいことです。主イエスのへりくだりは、そういう意味で模範となってくださっているのであり、教会での聖晩餐の意味もまた、そのへりくだりを覚え悔い改めるために、主イエスご自身が信仰の薄い人間のことを覚えて、制定してくださっているのです。

終わりに、皆心を一つに、同情し合い、兄弟を愛し、憐れみ深く、謙虚になりなさい。悪をもって悪に、侮辱をもって侮辱に報いてはなりません。かえって祝福を祈りなさい。祝福を受け継ぐためにあなたがたは召されたのです。「命を愛し、 幸せな日々を過ごしたい人は、 舌を制して、悪を言わず、 唇を閉じて、偽りを語らず、悪から遠ざかり、善を行い、 平和を願って、これを追い求めよ。主の目は正しい者に注がれ、 主の耳は彼らの祈りに傾けられる。主の顔は悪事を働く者に対して向けられる。」もし、善いことに熱心であるなら、だれがあなたがたに害を加えるでしょう。しかし、義のために苦しみを受けるのであれば、幸いです。人々を恐れたり、心を乱したりしてはいけません。心の中でキリストを主とあがめなさい。あなたがたの抱いている希望について説明を要求する人には、いつでも弁明できるように備えていなさい。それも、穏やかに、敬意をもって、正しい良心で、弁明するようにしなさい。そうすれば、キリストに結ばれたあなたがたの善い生活をののしる者たちは、悪口を言ったことで恥じ入るようになるのです。神の御心によるのであれば、善を行って苦しむ方が、悪を行って苦しむよりはよい。キリストも、罪のためにただ一度苦しまれました。正しい方が、正しくない者たちのために苦しまれたのです。あなたがたを神のもとへ導くためです。キリストは、肉では死に渡されましたが、霊では生きる者とされたのです。そして、霊においてキリストは、捕らわれていた霊たちのところへ行って宣教されました。この霊たちは、ノアの時代に箱舟が作られていた間、神が忍耐して待っておられたのに従わなかった者です。この箱舟に乗り込んだ数人、すなわち八人だけが水の中を通って救われました。この水で前もって表された洗礼は、今やイエス・キリストの復活によってあなたがたをも救うのです。洗礼は、肉の汚れを取り除くことではなくて、神に正しい良心を願い求めることです。キリストは、天に上って神の右におられます。天使、また権威や勢力は、キリストの支配に服しているのです。(ペトロの手紙第一3章8節〜22節)

 ここに、ペトロが主イエスと共にいたとき、また使徒言行録に描かれているペトロの実践が生かされています。ペトロが主イエスに問うた答えの「7の70倍まで赦しなさい」もこれに当てはまっていますし、主イエスがファリサイ派、サドカイ派、律法学者たちを黙らせたのも、彼らが主イエスに罪を見いだせなかったためでもありました。また、ペトロがイエス・キリストの名によって足を立たせた後、神殿で福音を宣べ伝えて捕らえられ、尋問にあった際も、ペトロとヨハネが成したことが、主の御心であり、善を成したことであったが故に釈放されたのです。

キリストは肉に苦しみをお受けになったのですから、あなたがたも同じ心構えで武装しなさい。肉に苦しみを受けた者は、罪とのかかわりを絶った者なのです。それは、もはや人間の欲望にではなく神の御心に従って、肉における残りの生涯を生きるようになるためです。かつてあなたがたは、異邦人が好むようなことを行い、好色、情欲、泥酔、酒宴、暴飲、律法で禁じられている偶像礼拝などにふけっていたのですが、もうそれで十分です。あの者たちは、もはやあなたがたがそのようなひどい乱行に加わらなくなったので、不審に思い、そしるのです。彼らは、生きている者と死んだ者とを裁こうとしておられる方に、申し開きをしなければなりません。死んだ者にも福音が告げ知らされたのは、彼らが、人間の見方からすれば、肉において裁かれて死んだようでも、神との関係で、霊において生きるようになるためなのです。万物の終わりが迫っています。だから、思慮深くふるまい、身を慎んで、よく祈りなさい。何よりもまず、心を込めて愛し合いなさい。愛は多くの罪を覆うからです。不平を言わずにもてなし合いなさい。あなたがたはそれぞれ、賜物を授かっているのですから、神のさまざまな恵みの善い管理者として、その賜物を生かして互いに仕えなさい。語る者は、神の言葉を語るにふさわしく語りなさい。奉仕をする人は、神がお与えになった力に応じて奉仕しなさい。それは、すべてのことにおいて、イエス・キリストを通して、神が栄光をお受けになるためです。栄光と力とが、世々限りなく神にありますように、アーメン。(ペテロの手紙第一4章1節〜11節)

 罪の生活からの脱却、世の終末、愛、神の栄光を讃える信仰生活とがここに記されています。初代教会はさまざまな問題を抱えていたことが推測できます。ここでペトロは、正しい信仰生活の勧告、再臨を覚えること、愛し合うこと、神に栄光を帰すことをここで語らなければならなかったことから推測できるのです。そして簡素かつ率直な言葉で、メッセージを述べています。使徒パウロは「キリストの体としての教会(ヨハネによる福音書15章1節〜17節、コリントの信徒への手紙第一12章12節〜31節)」を主張し、その上で愛について語っていますが、ペトロはそのようなロジックなど関係なく、直接的に「何よりもまず、心をこめて愛し合いなさい。愛は多くの罪を覆うからです。」と語っています。どちらがどうということではないのです。主に愛されているが故に主を愛すことは、信仰生活においても、教会においても、基本であり核心なのです。神御自身が愛だからです。

愛する人たち、あなたがたを試みるために身にふりかかる火のような試練を、何か思いがけないことが生じたかのように、驚き怪しんではなりません。むしろ、キリストの苦しみにあずかればあずかるほど喜びなさい。それは、キリストの栄光が現れるときにも、喜びに満ちあふれるためです。あなたがたはキリストの名のために非難されるなら、幸いです。栄光の霊、すなわち神の霊が、あなたがたの上にとどまってくださるからです。あなたがたのうちだれも、人殺し、泥棒、悪者、あるいは、他人に干渉する者として、苦しみを受けることがないようにしなさい。しかし、キリスト者として苦しみを受けるのなら、決して恥じてはなりません。むしろ、キリスト者の名で呼ばれることで、神をあがめなさい。今こそ、神の家から裁きが始まる時です。わたしたちがまず裁きを受けるのだとすれば、神の福音に従わない者たちの行く末は、いったい、どんなものになるだろうか。「正しい人がやっと救われるのなら、 不信心な人や罪深い人はどうなるのか」と言われているとおりです。だから、神の御心によって苦しみを受ける人は、善い行いをし続けて、真実であられる創造主に自分の魂をゆだねなさい。(ペトロの手紙第一4章1〜11節)

 (参照:箴言11章31節)ここに言い表されている、「あなたがたはキリストの名のために非難されるなら、幸いです。栄光の霊、すなわち神の霊が、あなたがたの上にとどまってくださるからです。」の記述は、使徒言行録3章、4章において「初めの福音」と、直後、取調べにおいて聖霊の働きがペトロの口を通して語られたことの経験と、無関係ではないと考えられます。ペトロ自身の実体験に裏付けられて実感をもって語られたものだと思われます。試練を喜びに変えてくださるのは、主イエス・キリストの十字架の死と復活の贖いの確信であり、試練を喜びに変えてくださるのは主イエス・キリスト御自身が苦しまれたからです。その逆説的な勝利と喜びによって、主イエス・キリストの福音は、消え去ることなくわたしたちの元にも届いているのです。

さて、わたしは長老の一人として、また、キリストの受難の証人、やがて現れる栄光にあずかる者として、あなたがたのうちの長老たちに勧めます。あなたがたにゆだねられている、神の羊の群れを牧しなさい。強制されてではなく、神に従って、自ら進んで世話をしなさい。卑しい利得のためにではなく献身的にしなさい。ゆだねられている人々に対して、権威を振り回してもいけません。むしろ、群れの模範になりなさい。そうすれば、大牧者がお見えになるとき、あなたがたはしぼむことのない栄冠を受けることになります。同じように、若い人たち、長老に従いなさい。皆互いに謙遜を身に着けなさい。なぜなら、「神は、高慢な者を敵とし、 謙遜な者には恵みをお与えになる」からです。だから、神の力強い御手の下で自分を低くしなさい。そうすれば、かの時には高めていただけます。思い煩いは、何もかも神にお任せしなさい。神が、あなたがたのことを心にかけていてくださるからです。身を慎んで目を覚ましていなさい。あなたがたの敵である悪魔が、ほえたける獅子のように、だれかを食い尽くそうと探し回っています。信仰にしっかり踏みとどまって、悪魔に抵抗しなさい。あなたがたと信仰を同じくする兄弟たちも、この世で同じ苦しみに遭っているのです。それはあなたがたも知っているとおりです。しかし、あらゆる恵みの源である神、すなわち、キリスト・イエスを通してあなたがたを永遠の栄光へ招いてくださった神御自身が、しばらくの間苦しんだあなたがたを完全な者とし、強め、力づけ、揺らぐことがないようにしてくださいます。力が世々限りなく神にありますように、アーメン。(ペトロの手紙第一5章1〜11節)

 (参照:箴言3章34節)ペトロは主イエスに「わたしの羊を飼いなさい」と命じられました。「イエスの羊を飼う」ことが、主イエスの弟子たちまでで止まってしまってはならないのです。主が「わたしは世の終わるまで、いつもあなたがたと共にいる。」と言われている限り、代々、羊を牧し、新たな羊を獲得し、またその中から聖霊によって召命を受け、羊を飼う者が出なければなりません。また、信徒へも謙遜になるように諭し、神に一切をゆだねるようにと勧告しているのです。

わたしは、忠実な兄弟と認めているシルワノによって、あなたがたにこのように短く手紙を書き、勧告をし、これこそ神のまことの恵みであることを証ししました。この恵みにしっかり踏みとどまりなさい。共に選ばれてバビロンにいる人々と、わたしの子マルコが、よろしくと言っています。愛の口づけによって互いに挨拶を交わしなさい。キリストと結ばれているあなたがた一同に、平和があるように。 (ペトロの手紙第一5章12〜14節)

 ペトロはこのように口述筆記によって手紙を書き、神のまことの恵みの証人となりました。

イエス・キリストの僕であり、使徒であるシメオン・ペトロから、わたしたちの神と救い主イエス・キリストの義によって、わたしたちと同じ尊い信仰を受けた人たちへ。神とわたしたちの主イエスを知ることによって、恵みと平和が、あなたがたにますます豊かに与えられるように。主イエスは、御自分の持つ神の力によって、命と信心とにかかわるすべてのものを、わたしたちに与えてくださいました。それは、わたしたちを御自身の栄光と力ある業とで召し出してくださった方を認識させることによるのです。この栄光と力ある業とによって、わたしたちは尊くすばらしい約束を与えられています。それは、あなたがたがこれらによって、情欲に染まったこの世の退廃を免れ、神の本性にあずからせていただくようになるためです。だから、あなたがたは、力を尽くして信仰には徳を、徳には知識を、知識には自制を、自制には忍耐を、忍耐には信心を、信心には兄弟愛を、兄弟愛には愛を加えなさい。これらのものが備わり、ますます豊かになるならば、あなたがたは怠惰で実を結ばない者とはならず、わたしたちの主イエス・キリストを知るようになるでしょう。これらを備えていない者は、視力を失っています。近くのものしか見えず、以前の罪が清められたことを忘れています。だから兄弟たち、召されていること、選ばれていることを確かなものとするように、いっそう努めなさい。これらのことを実践すれば、決して罪に陥りません。こうして、わたしたちの主、救い主イエス・キリストの永遠の御国に確かに入ることができるようになります。従って、わたしはいつも、これらのことをあなたがたに思い出させたいのです。あなたがたは既に知っているし、授かった真理に基づいて生活しているのですが。わたしは、自分がこの体を仮の宿としている間、あなたがたにこれらのことを思い出させて、奮起させるべきだと考えています。わたしたちの主イエス・キリストが示してくださったように、自分がこの仮の宿を間もなく離れなければならないことを、わたしはよく承知しているからです。自分が世を去った後もあなたがたにこれらのことを絶えず思い出してもらうように、わたしは努めます。(ペテロの手紙第二1章1〜15節)

 ペトロはまず2節によって、新しい信者を「わたしたちと同じ尊い信仰を受けた人たち」と呼びました。これは、主イエスを直接見たかどうかではなく、その信仰によって十二弟子と同じだ、と言っているのです。その信仰が自ら獲得されたものではないことを、「信仰を受けた人たち」と呼んでいるのです。ここのところは、クリスチャンにおいてとても大切なことです。恵みによって既に与えられた贖罪をわたしたち自身の功績であるかのように思い、または行動することは、唯一の神に対する侮辱だからです。この短い一節に、新しい契約によって救われたクリスチャンの取るべき態度が凝縮されているのです。そして、雄弁に「だから、あなたがたは、力を尽くして信仰には徳を、徳には知識を、知識には自制を、自制には忍耐を、忍耐には信心を、信心には兄弟愛を、兄弟愛には愛を加えなさい。」と語るのです。兄弟愛は「フィレオー」という単語であり、愛は「アガペー」という単語です。「エロス」の愛は聖書では使われていないのだそうです。ともかくとして、主イエス・キリストを共に信ずる教会の兄弟姉妹の兄弟愛(フィレオー)に、主イエス・キリストが示してくださった愛(アガペー)を加えなさいと言っているのです。常に、御子主イエス・キリストを十字架を磔にして贖いとしてくださった究極の愛をわたしたちは既に招かれて洗礼・聖晩餐をいただいている群れ(教会)なのだから、その愛に応えて互いにその愛を用いよう、ということなのです。ペトロは既に諸地方の教会がそのようなことを知っているのだけれど、それでも、このことは言わずいられない、といっているのです。何故か、ということをペトロは、こういい残しています。「自分が仮の宿を間もなく離れなければならないことを知っているからです」。主の再臨まで、主イエス・キリストの愛が教会に満ちているようにと、ペトロはどうしても言い残しておきたかったのです。

わたしたちの主イエス・キリストの力に満ちた来臨を知らせるのに、わたしたちは巧みな作り話を用いたわけではありません。わたしたちは、キリストの威光を目撃したのです。荘厳な栄光の中から、「これはわたしの愛する子。わたしの心に適う者」というような声があって、主イエスは父である神から誉れと栄光をお受けになりました。わたしたちは、聖なる山にイエスといたとき、天から響いてきたこの声を聞いたのです。こうして、わたしたちには、預言の言葉はいっそう確かなものとなっています。夜が明け、明けの明星があなたがたの心の中に昇るときまで、暗い所に輝くともし火として、どうかこの預言の言葉に留意していてください。何よりもまず心得てほしいのは、聖書の預言は何一つ、自分勝手に解釈すべきではないということです。なぜなら、預言は、決して人間の意志に基づいて語られたのではなく、人々が聖霊に導かれて神からの言葉を語ったものだからです。(ペトロの手紙第二1章16〜21節)

 ペトロは、変貌山での主イエス・キリストの証人として、主イエス・キリストが、父なる神の御子であることを証し、全ての預言者が預言していたメシアであることを再度示しました。そして預言は勝手に解釈してはならない、と次に述べているのです。ここに、イエスを三度「知らない」と言ってしまった、ペトロの心底からの痛感が垣間見えるのです。

かつて、民の中に偽預言者がいました。同じように、あなたがたの中にも偽教師が現れるにちがいありません。彼らは、滅びをもたらす異端をひそかに持ち込み、自分たちを贖ってくださった主を拒否しました。自分の身に速やかな滅びを招いており、しかも、多くの人が彼らのみだらな楽しみを見倣っています。彼らのために真理の道はそしられるのです。彼らは欲が深く、うそ偽りであなたがたを食い物にします。このような者たちに対する裁きは、昔から怠りなくなされていて、彼らの滅びも滞ることはありません。神は、罪を犯した天使たちを容赦せず、暗闇という縄で縛って地獄に引き渡し、裁きのために閉じ込められました。また、神は昔の人々を容赦しないで、不信心な者たちの世界に洪水を引き起こし、義を説いていたノアたち八人を保護なさったのです。また、神はソドムとゴモラの町を灰にし、滅ぼし尽くして罰し、それから後の不信心な者たちへの見せしめとなさいました。しかし神は、不道徳な者たちのみだらな言動によって悩まされていた正しい人ロトを、助け出されました。なぜなら、この正しい人は、彼らの中で生活していたとき、毎日よこしまな行為を見聞きして正しい心を痛めていたからです。主は、信仰のあつい人を試練から救い出す一方、正しくない者たちを罰し、裁きの日まで閉じ込めておくべきだと考えておられます。特に、汚れた情欲の赴くままに肉に従って歩み、権威を侮る者たちを、そのように扱われるのです。彼らは、厚かましく、わがままで、栄光ある者たちをそしってはばかりません。天使たちは、力も権能もはるかにまさっているにもかかわらず、主の御前で彼らをそしったり訴え出たりはしません。この者たちは、捕らえられ、殺されるために生まれてきた理性のない動物と同じで、知りもしないことをそしるのです。そういった動物が滅びるように、彼らも滅んでしまいます。不義を行う者は、不義にふさわしい報いを受けます。彼らは、昼間から享楽にふけるのを楽しみにしています。彼らは汚れやきずのようなもので、あなたがたと宴席に連なるとき、はめを外して騒ぎます。その目は絶えず姦通の相手を求め、飽くことなく罪を重ねています。彼らは心の定まらない人々を誘惑し、その心は強欲におぼれ、呪いの子になっています。彼らは、正しい道から離れてさまよい歩き、ボソルの子バラムが歩んだ道をたどったのです。バラムは不義のもうけを好み、それで、その過ちに対するとがめを受けました。ものを言えないろばが人間の声で話して、この預言者の常軌を逸した行いをやめさせたのです。この者たちは、干上がった泉、嵐に吹き払われる霧であって、彼らには深い暗闇が用意されているのです。彼らは、無意味な大言壮語をします。また、迷いの生活からやっと抜け出て来た人たちを、肉の欲やみだらな楽しみで誘惑するのです。その人たちに自由を与えると約束しながら、自分自身は滅亡の奴隷です。人は、自分を打ち負かした者に服従するものです。わたしたちの主、救い主イエス・キリストを深く知って世の汚れから逃れても、それに再び巻き込まれて打ち負かされるなら、そのような者たちの後の状態は、前よりずっと悪くなります。義の道を知っていながら、自分たちに伝えられた聖なる掟から離れ去るよりは、義の道を知らなかった方が、彼らのためによかったであろうに。ことわざに、 「犬は、自分の吐いた物のところへ戻って来る」また、 「豚は、体を洗って、また、泥の中を転げ回る」と言われているとおりのことが彼らの身に起こっているのです。(ペトロの手紙第二2章1〜22節)

 偽預言者はいつの時代でも現れるものです。では、どうしたら見分けがつくのでしょうか。その答えがここにあります。「彼らは、厚かましく、わがままで、栄光ある者たちをそしってはばかりません。」と書いてあるとおりです。わたしたちの主は、無限に「正しく」、無限に「愛する」お方(ヨハネによる福音書17章24〜25節)なのです。その主が派遣される真実な預言者は、義と愛をもっており、厚かましくもわがままでもなく、先に派遣された預言者をそしらないのです。

愛する人たち、わたしはあなたがたに二度目の手紙を書いていますが、それは、これらの手紙によってあなたがたの記憶を呼び起こして、純真な心を奮い立たせたいからです。聖なる預言者たちがかつて語った言葉と、あなたがたの使徒たちが伝えた、主であり救い主である方の掟を思い出してもらうためです。まず、次のことを知っていなさい。終わりの時には、欲望の赴くままに生活してあざける者たちが現れ、あざけって、こう言います。「主が来るという約束は、いったいどうなったのだ。父たちが死んでこのかた、世の中のことは、天地創造の初めから何一つ変わらないではないか。」彼らがそのように言うのは、次のことを認めようとしないからです。すなわち、天は大昔から存在し、地は神の言葉によって水を元として、また水によってできたのですが、当時の世界は、その水によって洪水に押し流されて滅んでしまいました。しかし、現在の天と地とは、火で滅ぼされるために、同じ御言葉によって取っておかれ、不信心な者たちが裁かれて滅ぼされる日まで、そのままにしておかれるのです。愛する人たち、このことだけは忘れないでほしい。主のもとでは、一日は千年のようで、千年は一日のようです。ある人たちは、遅いと考えているようですが、主は約束の実現を遅らせておられるのではありません。そうではなく、一人も滅びないで皆が悔い改めるようにと、あなたがたのために忍耐しておられるのです。主の日は盗人のようにやって来ます。その日、天は激しい音をたてながら消えうせ、自然界の諸要素は熱に熔け尽くし、地とそこで造り出されたものは暴かれてしまいます。このように、すべてのものは滅び去るのですから、あなたがたは聖なる信心深い生活を送らなければなりません。神の日の来るのを待ち望み、また、それが来るのを早めるようにすべきです。その日、天は焼け崩れ、自然界の諸要素は燃え尽き、熔け去ることでしょう。しかしわたしたちは、義の宿る新しい天と新しい地とを、神の約束に従って待ち望んでいるのです。だから、愛する人たち、このことを待ち望みながら、きずや汚れが何一つなく、平和に過ごしていると神に認めていただけるように励みなさい。また、わたしたちの主の忍耐深さを、救いと考えなさい。それは、わたしたちの愛する兄弟パウロが、神から授かった知恵に基づいて、あなたがたに書き送ったことでもあります。彼は、どの手紙の中でもこのことについて述べています。その手紙には難しく理解しにくい個所があって、無学な人や心の定まらない人は、それを聖書のほかの部分と同様に曲解し、自分の滅びを招いています。それで、愛する人たち、あなたがたはこのことをあらかじめ知っているのですから、不道徳な者たちに唆されて、堅固な足場を失わないように注意しなさい。わたしたちの主、救い主イエス・キリストの恵みと知識において、成長しなさい。このイエス・キリストに、今も、また永遠に栄光がありますように、アーメン。(ペトロの手紙第二3章1〜18節)

 神学的に教養の高い使徒パウロの書簡は、時に難解で誤解を招き、聖書とパウロの言葉を曲解してつまずいてしまう人があったようです。ペトロは、そのような自ら滅びを招く信徒の無学も充分に解る使徒であったことでしょう。自分自身がガリラヤの漁師から主イエスの弟子となり、使徒として召命され、初代教会を築き、年配の長老として務めを果たすこととなった人だったからこそ、自分の死後の教会へのバトンタッチを簡潔な文章で書き送ったのだと考えられます。ペトロの言葉は慈愛に満ち、成熟した解り易い言葉としてわたしたちの心へと届くのではないでしょうか。新旧約聖書は、ことごとく主イエス・キリストの証言であることはもちろんですが、信徒としての歩みもまたこのペトロの生涯から大いに学ぶことができるのです。迫害の時代に入ってなお、このように温和でいられたのは、主イエスのこの御言葉が、ペトロに豊かに注がれていたことを充分に物語っています。

わたしは、平和をあなたがたに残し、わたしの平和を与える。
わたしはこれを、世が与えるように与えるのではない。
心を騒がせるな。おびえるな。
(ヨハネによる福音書14章27節)


わたしの葬祭論




  さよならが 言えなくて

さよならなんて、言えやしないよ。
だってあなたは、戦友だから。
同じ時代を、闘い抜いた。
遺されたまま、わたしはひとり。

あなたはいつも、言っていたよね。
遺灰を海に、撒いてほしいと。
葬式は嫌、そう言ったよね。
わたしは敢えて、そうしなかった。

何かしないと、生きてゆけない。
葬式もした、墓にも埋めた。
四十九日、一回忌もね。
三回忌もした、十三回忌。

儀式のたびに、あなたを殺す。
ワインの澱に、鎮めていくよ。
あなたを離れ、生きていけます。
一つ干支の輪、廻る頃には。

だからお願い、この七回忌。
生前のこと、ほじくらないで。
ただ酒飲みの、席にしないで。
配膳したら、泣けてきちゃって。

今日の今日まで、知らなかったよ。
こんなに深く、愛してたとは。
それかあなたを、美化しすぎかも。
わたしは記憶の、あなたが好きで。



二酸化炭素は減らせない




 石油や天然ガスなどの化石燃料を我々人間が使い続けるのは、必然だと思います。原子力があるではないかと仰る方もおられるでしょうが、発電所を建設し、原子力発電用の燃料棒を生産し、運んでくるのは、全て石油資源を用いているのです。また、半永久的に核廃棄物を管理することを考えると、もしかすると発電したエネルギーより、発電と廃棄物保存に使うエネルギーのほうが大きいかもしれない、と言われているくらいです。では、石油、石炭、天然ガスが枯渇したら、とお考えになる方もいらっしゃるでしょうが、深海にメタンハイドレート(methane hydrate)という膨大な資源が眠っているのです。持続的成長(Sustainable Development)を成し遂げるためには、資源循環とある程度の「便利さの後退」が必要ではないかと思います。わたしは、核融合炉でエネルギー問題を一気に解決という方向については、実現するまで眉にツバをつけておきたいと思います。
 わたしは環境問題を考えるとき、二酸化炭素よりもフレオン(freon : フロンガス)や代替フロン(これも、温室効果あり)と、ダイオキシンに目を向けたいと思います。フレオンはオゾン層を破壊するのみならず、二酸化炭素よりも桁違いに温室効果があり、代替フロンもオゾン層破壊を緩和しただけであって、温室効果は高いのです。ダイオキシン(dioxin)は塩素を含む塩化ビニル(vinyl chloride)やサランラップ(Saran Wrap)を燃やすと出来る物質。サランラップは、ポリプロピレンのラップより鮮度を保つといわれますが、塩化ビニルにいたっては単に経済的理由なのです。化学工業で塩素は余り物です。洗剤や水酸化ナトリウム(sodium hydroxide)を作るために塩化ナトリウム(sodium chloride)を溶融電気分解(融点 801℃)して、ナトリウムを作った副産物である塩素の行き先として、安易に作られているのです。
 サランラップの製造者は、サランラップを「必ず燃やさないゴミとして捨てること」をユーザーに警告し、塩化ビニルはいわゆるビニール袋など、日常生活において使うものに使用することを禁じ、排水管などに限定し、回収を徹底させることを提言します。なお、freon はデュポン社、サランラップは旭化成の登録商標です。

キリスト教は宗教か




 「我考える、故に我あり」で有名なデカルトは、全てを疑っても、人間が人智を超えるものを想像し造りあげることはできない、として、神の存在証明を試みました。これは、後にカントにより「人間は、人智を超えるものを想像し作り上げることは可能である」と証明され否定されました。ニーチェの「神は死んだ」という言葉も有名です。
 分子生物学者、リチャード=ドーキンス博士は、ダーウィンの進化論を論駁し、著書『利己的な遺伝子』の中で、「進化は種の進化ではなく、自然に起きるDNAの複製のミスが、たまたまその遺伝子の複製にとって有利である(つまり「種」ではなく、そのDNAを運ぶ乗り物(個体)が子孫をより多く増やすこと)場合において淘汰=進化が起きるのである、と述べています。彼はその本の中で「DNAでなくても、人間を媒体とし、複製されていく情報があり、それを遺伝子(gene)になぞらえてミーム(meme)と呼ぼうではないか」と提唱しました。この提案はまさに自己増殖するミームとして広まり、「ミーム論」という一つの学問さえ生ずる結果となり今日に至っています。そこでは宗教は「(信者を増やし)自己増殖する教え」という一つのミームとして位置づけられ、常識となっています。
 わたしは、宗教の2本柱は「ご利益(現世でも来世でもどちらでもよい)」と「この教えを広めなさい、という教え」であると考えます。また、宣教を必要としなくても、例えば般若心経のように、自己の心を鎮め、心のなだめを得る教えは、誰から薦められなくとも、世に広まるのです。例に挙げた般若心経については、宗教だという人もいれば、哲学だという人もおられます。それはミーム論においてはどちらでもよく「哲学も宗教もミームである」と、されています。
 わたしはプロテスタントのクリスチャンですが、このミーム論において、「キリスト教もまたミームである」とされることに、いささかの不満もありません。とこしえの命が約束され、主の十字架による罪の赦しの信仰による愛と平安があります。キリスト教は来世においても現世においても「ご利益」がありますし、マタイの福音書28章の巻末にあるように、

イエスは近づいて来て、彼らにこう言われた。「わたしには天においても、地においても、いっさいの権威が与えられています。それゆえ、あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい。そして、父、子、聖霊の御名によってバプテスマを授け、 また、わたしがあなたがたに命じておいたすべてのことを守るように、彼らを教えなさい。見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます。」

と説かれ、宣教を是としています。これにおいて「キリスト教はミームではない」とは言えません。
キリスト教は真実であって宗教でないという方もおられるようですが、もし、キリスト教がミームとしての性格を持っていなかったとしたならば、キリストの言葉は宣べ伝えられず、異邦人であり、かつ、時代もかけ離れたわたしたちにその教えは届かなかったはずなのです。まことに、ヨハネの福音書の冒頭、

初めに、ことばがあった。ことばは神とともにおられた。ことばは神であった。この方は、初めに神とともにおられた。

にある通りなのです。この「ことばである神」とは、すなわちイエス=キリストのことを指している、というのが、神学において定説とされています。
 ことばである神、イエス=キリストの福音は、言葉によって宣べ伝えられ、印刷技術が進んでからは「聖書」として、神の言葉に触れることができ、今日に至っては、英文の聖書を、無償にしてPDFでダウンロードできるまでになっています。
 聖書に立脚したキリスト教の真実は、宗教というミームの形をとって、宣べ伝えられました。キリスト教は真実であり、宗教という形式のミームとしてわたしたちのもとに届いているとわたしは確信しています。信じるから「真実」なのであって、異教徒や無神論者にとっては真実とは受け取られないのは当たり前のことです。彼らと論議しようとも、キリスト教が真実か否かは、まさに、卵が先か鶏が先かの、水かけ論になってしまうのです。


禁酒してからはじめての忘年会




昨日は、禁酒してからはじめての忘年会でした。
別にウーロン茶などで、一向に構わないのですが、
食事を終え、飲み物もラストオーダーを過ぎ、
何にもないテーブルで、みんなの会話が弾んで、
なかなか締める様子がない。
素面(しらふ)で居ると、周りの人と時間の進み方が違う。
新しい発見でした。

【考察】
 ボードレールは『パリの憂愁(Le spleen de paris)』の中で、「酔え(Enivrez-vous)」という題で、こう書いている。
 「常に酔っていなければならぬ。すべてはそこにある。これこそ唯一無二の問題である。君の肩をめり込ませ、地上へと身を傾がせるかの「時間」の怖るべき重荷を感じないためには、休みなく酔っていなければならぬ。
 しかし、何によって?酒であろうと、詩であろうと、徳であろうと、それは君にまかせる。ただひたすらに酔いたまえ。(以下略:福永武彦訳)」
 つまりは、何かによって時間を忘れることがなければ、それは「怖るべき」事態だということだ。仕事をし、日記を書き、詩を綴り、ホームページを更新し、・・・わたしは多分そんなことに酔っているのだろう。


心安らかに




Peace I leave with you, my peace I give unto you: not as the world giveth,
give I unto you. Let not your heart be troubled, neither let it be afraid.(John.14:27)

わたしは、あなたがたに平安を残します。わたしは、あなたがたにわたしの平安を与えます。わたしがあなたがたに与えるのは、世が与えるのとは違います。あなたがたは心を騒がしてはなりません。恐れてはなりません。(ヨハネの福音書14章27節)

 この、英語の文語訳の一節には、忘れがたい思い出がある。大学の混声合唱団で歌っていた頃、学生指揮者のM先輩に「小アンサンブル大会で指揮をしてみないか?」と誘われ、わたしが選んだ曲の歌詞がこの文語体聖書の一節だった。M先輩もわたしの指揮で一緒に歌った。M先輩のステージは、練習では最後までかなり苦労した。しかし、年末の演奏会では、何かが降りたかのように生き生きとしたいいステージになった。
 M先輩の心の中は、はかりようもないのだが、年が明けて1月の末、彼は合唱団の部室で遺書を書き、高層棟から身を投げたのだった。彼の遺書は、親友によって読まれ、何か書いてあったのだろう、わたしに、部室のライプラリのどこを探してもないから、教会合唱団が歌ったその曲のカセットを持っていないかと訊かれ、家にあったカセットをM先輩の親友に渡した。
 キリスト教式での葬儀が終わって数日後、わたしが部室のオーディオを見てみると、カセットデッキに、コピーしたその曲のテープが入ったままだった。見た瞬間、胸が凍りそうになった。
 "Peace I leave with you" つまり「わたしは、あなたがたに平安を残します」という歌詞の曲を聞きながら、覚悟を決めたM先輩は、平安の心で逝き天に召された、とわたしは痛切に信じたい。


人と樹と




 人は樹を切り倒し、宅地にしたり、道路を作ったり、焼いて畑にしたりと、共存共栄が難しいように思われがちだが、東京近郊の「武蔵野の森」は江戸時代、資源循環型社会のもとで育まれてきたものだという。
 既に100万都市になっていた江戸の都では、人の排泄物を汲み取りに来る商売があったという。何で稼ぐかというと、近郊の農家まで運んできて肥料として売っていたのである。
 そうして少しずつ土が肥え、荒野だった武蔵野は、人の手が入るところでは雑木林になり、人の手が入らないところではいわゆる「鎮守の森」となったのである。都市と森とが共存できていた時代が現実にあったわけだ。
 わたしは、排泄物は水洗トイレで下水管に流し、プラスティックの容器に綺麗に収まった食料を食べている。毎日ごみ袋を一杯にする、プラスティックごみの多さには、辟易としている。
 江戸時代の社会に戻ることはことはできまい。わたしも「便利な生活」に慣れきってしまっている。しかし、環境をうたい文句にした「商品」の浅ましさに、これまた辟易している自分がいるのである。
 ISO14001がどれほどの効果があるのかわたしは知らない。京都議定書に超大国アメリカは批准すらしていない。「人類のため」では、絶対に環境は守れない。「悪貨は良貨を駆逐する」からである。自分が環境を守ろうとしても、反対に環境を破壊する人がいれば、環境に配慮した人の努力が報われないからだ。人間は賢者なのか愚者なのか。わたしには後者のような気がしてならないのだ。


ノーマライゼーションの地平に




 駅などにある黄色の凹凸タイルや、エレベーターの取り付け工事。これは誰もが目にしている光景だろう。同じく駅の話だか、ホームで知的障碍のかなり大きくなった我が子を母親が懸命にサポートしている姿を見たこともあろう。
 障碍の中で建築物として一番配慮が簡単なのは身体障碍。ハートビル法が改正され、公共施設にこういう改良工事を行うことが増えている。それでも、車椅子で生活しているケアセンターに、わざわざ凹凸タイルを張らなくてはいけなかったりと、法律では融通が利かない面が多いのが現状である。
 駅のホームで見かける知的障碍の子と母は、おそらく作業所と呼ばれる施設に通っているのであろう。そこで行われるのも一つの技術の習得であり、また、一定規模以上の事業所は一定の割合の障碍者を雇用しなければならないので、それに見合った簡単な作業を学ぶのがこういった作業所なのである。
 精神障碍者は一見してもそれとわからない場合が多い。わかったほうが良いというものではないが、身体障碍、知的障碍、精神障碍すべて、障碍者として認められており、一定規模以上の事業所は一定の割合の障碍者を雇用しなければならない。
 法律を作るのは簡単だが、どのようにしてハンディキャップを持った人を適材適所に充てられるか、ということは、事業所としても、難しい問題の一つである。これは私見でしかないのだが、大きな会社に行っても、障碍者たちを目にすることは、極めて少ないと思われる。つまりは障碍者は裏方にまわされているのが現状なのではないかということだ。
 実体験に基づいて設計する、車椅子使用者の建築家。視覚障碍や聴覚障碍を持った、設備デザイナーやアドバイザー。精神病を克服してなった精神科医やカウンセラー。決して誰もがなれるわけではないが、こういった道にも門戸が開かれているのが、ノーマライゼーションの地平なのではないだろうか。スティーヴン・ホーキング博士や乙武洋匡氏、星野富弘氏が「特別な存在」であってはならないのだ。


覇権国家アメリカの没落




 村上龍は『希望の国のエクソダス』という本の中で、「国家に必要なものは通貨とエネルギーである」と言っている。本当にその2つで国家が成立するかはともかく、世界経済はドル中心で動いているし、あり余る軍事力使って、アメリカが中東を押さえ込もうとしているのは事実。
 市況はここ数年ユーロが上がりっぱなしで、ドルと円は、一進一退、ユーロから見れば、共に値を下げている。
 当分の間、アメリカに代わる覇権国家は出て来そうにない。ところで、アメリカと中国は京都議定書を批准していない。この2大国が二酸化炭素を大量に吐きだし続けている限り、地球温暖化は、避けられない。
 アメリカの覇権はいつまで続き、次の覇権はどこが握るのか。通貨として最有力なのはユーロ、ではエネルギーはどこが押さえるか。アメリカは膨大な核を保有しているが中東を押さえるのに核は使えまい。すると中東を押さえる核以外の軍事力を持っているのは実は中国なのだ。中国は、したたかな外交、国内を抑える政治力を兼ね備えている。ただし、通貨の元は弱い。
 そうすると、少し先が見えてくるのだ。「世界の警察」アメリカがいつまでも中東を押さえられるとは思えないし、ドルは対ユーロで価値が下がる一方。アメリカの覇権にかげりが見えたとき、ユーロ圏から資金を調達した中国がアメリカに最終戦争を仕掛ける。ハルマゲドンは核ではなく、通常兵力で勃発しそうなのだ。

 未来の子供たちのために、いったい我々は何が出来るのだろう。


障碍者に「かわいそう」はありえない




 あなたは鬱病をかわいそうな病気だと思っていませんか?鬱になった原因、仕事で無理しすぎた、とか、介護に疲れた、そういった原因はかわいそうかも知れません。しかし、この鬱を治そうと思って精神科に通い始めた人は、かわいそうな人ではないのです。
 『五体不満足』で有名になった乙武洋匡氏をかわいそうだと思いますか?思わないですよね。それは彼が社会的に成功したことではなく、彼は親や友人から、かわいそうとか、奇異の目で見られることなく、卑屈にならないで立派な人格者になったからこそかわいそうではないのです。
 次に電車の中やプラットホームで知的障碍の子供を介護しながら一生懸命に付き添っている母親たちを見てかわいそうだと思ったことがありますか?正論を言えば、知的障碍者も介護している母親もかわいそうではないのです。なぜなら、知的障碍者はありのままの自分で生きているだけであり、母親は子供を愛しているからこそ外に連れ出しているのであって、かわいそうとか、奇異の眼で見られることほど屈辱的なことは無いからです。
 ところで、手話で「人権」ということをどういうポーズで表現しているかご存じでしょうか。左手で右腕を掴み、右腕に拳を上げて二の腕にこぶを作るポーズを取るのです。これは「生きる力」を表しています。障碍者にとって、人権とは「生きる力」なんです。
 精神障碍も例外ではありません。かわいそうだとか、頭がおかしいとか言われるのは、障碍者にとって「ああ、自分はかわいそうなんだ」と思わせてしまい、その人の「生きる力」を、削いでしまうことになるのです。
 精神科医も患者も人権に対して知識が乏しく、多くの病院やクリニックで「かわいそうな眼差し」で見られている患者が多くあるかもしれません。本来、医師、患者双方の人権意識を高め、偏見のない治療がなされるべきであると、わたしは思います。
 患者が人権意識を高めたら、余計に医師に対して怒りをもつのではないかと思われるかもしれません。それでいいのです。怒りも「生きる力」の一つなのです。鬱で自殺する人は、おそらく絶望感と「死ななければならない」という強迫観念に駆られて自殺するのではないかと思います。怒りという「生きる力」がある人は自殺なんてしません。


作品としての公営住宅って?




 今のわたしの職場(家を建てるときに役所に申請を出す書類を、審査する仕事)では、よく建築関係の雑誌が回覧で回ってきます。そんな中の昨日の出来事。  「有名集合住宅のその後」という特集が載った建築雑誌が回覧されました。内容は公営住宅などでコンペをし、有名建築家が勝ち取ったデザインで建てられた「作品」が、その後どのように使われているか、どんな暮らしにくいところがあるか、といったものでした。
 「有名建築家」は自分の作品を世に出して、最先端のデザイン(こんな住宅があっていいではないでしょうか、わたしはこれが最先端のデザインだと考えます、といったもの)を建築家や建築家を目指している人たちに向けて専門誌に発表しています。ですから、わたしは、「作品」がどのように住みにくいか、という雑誌の取り上げ方は、その住宅がもともと住みやすいことを目的とした建築ではないので、作品をけなす事を目的とした悪意に満ちたナンセンスなものだと思っています。
 しかし、毎日「普通の」住宅やビルなどの図面や構造計算書を審査しているわたしの職場(特に今わたしがいるセクションは建物の構造が安全かどうかを審査する部署)では、誌面に載った有名建築家である妹島和世さんが設計した県営住宅などを見て、「避難階段が上から下まで(折り返しの無い)鉄砲階段になっているなんて、子供が遊んだら怖いよね」とか「構造はどうなっているんだろう」とかいった声が聞かれました。ついつい、わたしは「妹島さんはこの建築で賞を取るかも知れなかったんだけど、批判もあって別の作品で賞を取ったんですよ」とか「この建物は薄肉ラーメン構造(柱や梁が無く厚めの壁と床の鉄筋コンクリートで出来た構造)なんです」とか、ちょっと口を挟んでしまいました。
 これは別にわたしが物知りなのではなく、大学の卒業研究の時にその世界では有名な建築家の研究室に劣等性として在籍させていただいただけなのですが、逆に同僚がそういった建築家を知らなかったことに軽くショックを受けてしまいました。きっと多分、大学をデザインの研究室で出て、社会に出て構造を専門にしているわたしのほうが珍しいのでしょう。
 ついでに、役所と言う立場から公営住宅を述べさせていただくと、主に収入が乏しい市民向けに安い家賃で住まいを提供するという役目を担っており、大概予算が少ないために、デザイン的にも貧弱な建物になることが多いのです。ちなみにわたしのいる市のそれも、格好悪いです。「役人がこう言った」ということになると問題になりかねないのですが、新しく市営住宅を建てようと市役所が土地を探して近隣住民に接触すると、大抵建設反対の声が挙がります。もちろん市役所は周囲の住宅地の環境に配慮した無難な計画を持っていくのですが。わたしはそういった住民の中に、もしや低所得者が大勢近所に来るのが嫌だという差別意識があるのではないか、と勘ぐりたくなることがあります。
 そんな中、最初に述べたような建築家のデザインによる公営住宅は、予算を勝ち取るためのプロジェクトとして立ち上げられ、建てられているのです。そのようなプロジェクトは公営住宅を公共建築の作品性の高い価値のある建築として残したい、という役所の思惑もあって、長い間、たびたびどこかで造られてきました。それは役所にとっても「作品」なのであって、普段どおり作られるような入居する居住者の便利のための建物ではなく、住民にとっての住みやすさはどこかに放り出されてしまっているのです。プロジェクトを立ち上げた役所も入居する市民の人権をないがしろにしまっているのかもしれません。わたしは公営住宅は普通であって一向に構わなく、作品としての公営住宅というものは建築家のエゴと、それに振り回されてやや不自由な生活をおくる入居者とがぶつかってしまうので、やめたほうがよいのではないかと思っています。作品には作品に住みたい人が住めばよいだけで、公営住宅というものは作品として向いていないと思うのです。
 さて、昼休みの休憩の終わりに、わたしはその話題の最後、「本物の作品には必ずそれを実現させる優秀な構造設計者がついてくるもので、わたしたちのほうが勉強になりますよ。それより中途半端な作品気取りの建物のほうがデザインも構造計画も破綻していて最悪なんです。そういうのが出てきたら構造審査として、徹底的に批判、追及していきましょう」と発言して終わりになりました。


郊外、そして都心居住




 首都圏における郊外の誕生は渋沢栄一がエベネザ=ハワードの田園都市にインスパイアされて、大正時代に構想から実現に移した田園調布一帯に始まる。折りしも1923年(大正12年)関東大震災があり、壊滅的打撃を受けた下町から郊外に住むといった流れにのって、郊外の時代は幕を開けた。この郊外居住の対照的な例として、三軒茶屋が挙げられる。三軒茶屋一帯はまさに震災で焼け出された下町住民が新天地として求めた土地で、「郊外の下町」としての情緒が今に残る街である(駅周辺は再開発で大きく変わったが)。
 東京急行の田園都市開発構想は田園都市線沿線の住宅開発に引き継がれる。当時建設省ではグリーンベルト構想(これもエベネザ=ハワードの田園都市の構想に端を発する)があり、この一帯は開発させずに農村を残す構想であったが、放射状に伸びる私鉄沿線の住宅地開発という構図に、構想は絵に描いた餅なった。行政も多摩ニュータウン構想を皮切りに大規模住宅地開発を主導することになる。
 多摩ニュータウンは当初交通の不便(京王相模原線も小田急多摩線も無く、聖蹟桜ヶ丘までバスが主だった)学校建設の遅れなど、大規模団地先行の失敗があった。この経験を生かし、港北ニュータウンなどインフラ整備先行のニュータウン開発が行われるようになったが、土地価格に反映し、売れないという現象を引き起こした。
 そしてニュータウン建設は終焉を迎え、現在進行しているのは、工場撤退などに伴う工場地帯の大規模マンション建設、六本木ヒルズなどの再開発や横浜関内地区のオフィス需要の低下による高層マンション建設ラッシュといった都心居住回帰である。これは都市と住宅、都市計画法による用途地域といったゾーニングのありかたを再考させるような現象である。
 さて、都市居住は必然的に集合住宅と言うことになる。オフィス街と集合住宅との調和、都心における学校、公園といった施設の整備(もともと地価が高いのでニュータウンより困難)が問題となってくるが、わたしは、都心のマンションを都市計画上問題な施設と考えずに、積極的にまちづくりに取り組んでいく行政や地域社会の知恵が今どうしても必要だと感じている。



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